函館市交通局300形電車(はこだてしこうつうきょく300がたでんしゃ)とは、1936年に製造された函館市交通局(現・函館市企業局交通部、函館市電。導入当時は帝国電力)の路面電車車両である。1934年(昭和9年)の函館大火により焼失した車両を補充するため、当時函館で路面電車事業を行なっていた帝国電力が地元の函館船渠に製造を依頼し、1936年(昭和11年)に15両導入した車両である。当時「新車」「鋼鉄車」との愛称であった。設計に当たり係員を横浜市と神戸市に派遣し調査した。すべて国産品を指定した。車内天井は合板内張り加工、車体外側は電気溶接と斬新な工法を採用(312~315号は車両を頑丈に見せる目的でリベット仕上げ)。塗装もラッカー塗りにした。1936年に函館船渠で301 - 315の15両製作された。車体は函館大火の教訓から、内装や屋根は木造のままではあるが車体そのものは鋼製の半鋼製とされた。台車に関しては従来のブリル21Eではなく、住友金属工業株式会社B型SBHK-20Lが採用されたほか、主電動機は株式会社日立製作所HS-301-13が2台採用されている。この電動機は回転数1180rpmで1時間定格出力は26.01kw。歯車比は74:13。制御器は日立DRBC、447(KR-7)で直並列抵抗直接制御。制動機は当初ハンドブレーキであったが、後に日本エアーブレーキ株式会社のDH-10に換装される。駆動方式は吊り掛け式である。東京市電気局から購入した200形ともども1943年(昭和18年)11月1日に函館市に譲渡され、戦後も500形と共に主力車として使用された。1970年に元東京都電7000形である1000形が導入されたことにより、転用・保存された一部の車両を除いて廃車解体された。3両が花電車である装1 - 3に改造され、函館港まつりの際のパレード等で現在も使用されている。車体は無蓋電車のように切断され、座席等は一切撤去されてはいるが、台車や機器類などは300形時代のままである。301号が廃車後も車庫内で構内移動機として使用されていたが、後年解体されたため現存しない。函館市梁川町の梁川公園に312号が保存されていたが老朽化のため撤去された。307号が製造時の313号に車番を改めた上で北海道開拓記念館へ寄贈され、現在も非公開ながら現存している。
出典:wikipedia
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