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阿部正春

阿部 正春(あべ まさはる)は、上総大多喜新田藩主、武蔵岩槻藩第4代藩主、上総大多喜藩主、三河刈谷藩初代藩主。阿部家宗家4代で、備後福山藩阿部家分家初代。寛永14年(1637年)、岩槻藩第2代藩主阿部重次の次男として生まれる。はじめ父の跡を受けて三浦姓を称した。慶安4年(1651年)に父・重次が江戸幕府の第3代将軍・徳川家光に殉じたため、兄の定高が家督を継ぎ、正春には大多喜新田藩1万6000石を分与される。万治2年(1659年)1月23日に兄の定高が死去する。兄の嫡男で後の岩槻藩5代藩主・備後福山藩阿部家初代藩主阿部正邦は幼少のため、中継ぎとして正春が家督を継いで岩槻藩主となる。このとき阿部姓に復し、自らの知行分と合わせて11万5000石を領した。このときに正邦が成長したら岩槻藩を還付することを約束しているが、不満を持つ者も少なくなく、寛文3年(1663年)12月に汀騒動と呼ばれる家臣殺害事件が起こった。寛文11年(1671年)、現在も岩槻の地に残る時の鐘を建造する。12月19日、正春は兄の遺領9万9000石と家督を正邦に譲って、自身は上総国大多喜藩へ移った。元禄15年(1702年)9月7日、三河刈谷藩に移される。宝永6年(1709年)4月25日、六男の正鎮に家督を譲って隠居した。正徳6年(1716年)6月8日に死去。享年80。

出典:wikipedia

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