第85回天皇杯全日本サッカー選手権大会(だい85かい てんのうはいぜんにほんさっかーせんしゅけんたいかい)は、2005年9月17日から2006年1月1日まで開催された天皇杯全日本サッカー選手権大会である。この大会は浦和レッドダイヤモンズが前身の三菱重工業サッカー部時代以来、25年ぶり5度目の優勝を果たした。11月3日11月9日12月10日12月17日決勝に勝ち残ったのは、2001年以来の天皇杯を目指す清水エスパルスと、前身の三菱重工時代以来25年ぶりの優勝を目指す浦和レッドダイヤモンズの2チームであった。熱狂的なファンを多く抱える浦和のJリーグ発足後初の天皇杯決勝進出とあって、2006年元旦の国立競技場には5万人を超える観衆が詰めかけた。両チームとも守備重視ではないかという試合前の予想に反して試合開始から攻勢をかけたのは清水であったが、前半39分にロブソン・ポンテの右CKに堀之内聖がフリーでが飛び込むが、清水守備陣が反応してクリア。これを三都主アレサンドロが拾って、左サイドに流れた山田暢久とのリターンパスからクロスを上げ、これに反応した堀之内が2度目のヘッドで先制点を挙げた。清水は、これが本大会初失点であった。前半はこのまま浦和の1点リードで折り返す。後半清水は怒濤の反撃に出るが浦和がこれをしのぐ。清水は後半27分に市川大祐と平松康平を同時に投入するが、これで逆に守備に一瞬の隙が生じることとなり、後半28分にポンテと赤星貴文のパス交換から中央へ走り込んできたトミスラフ・マリッチが右足ダイレクトでだめ押し点となる2点目を決め、浦和がJリーグ発足後初、前身の三菱重工以来25年ぶり5度目の優勝を果たした。2点目を挙げたマリッチは2005年7月に浦和に加入し、半年契約を更新せずに天皇杯限りでの退団が決まっていたが、同大会では5試合で6得点の活躍を見せ、チームに天皇杯をもたらした。これで浦和は2007年のACL出場権を獲得し、同大会での優勝につながった。清水は、後半31分に右サイドのFKからこぼれ球を市川大祐が決めて1点を返すものの、その8分後には平松康平が審判への異議で2枚目のイエローカードを受け退場処分となるなど、後一歩のところで攻め手を欠いて、長谷川健太監督の就任1年目での天皇杯獲得とは成らなかった。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。