山本 紅浦(やまもと こうほ、1922年(大正11年)- )は、画家。ニューヨーク・マンハッタンのソーホー地区にある紅浦墨絵学校の設立者で紅浦先生と呼ばれる。紅浦学校では、竹を描く時は、”自分が竹になったように”や”私は、竹”と禅宗の哲学を墨絵教室で説く。アメリカ合衆国カリフォルニア州アルビソ出身。本名は山本雅子。紅浦の命名者は、画家・小圃千浦(カリフォルニア大学バークレー校名誉教授・日本国瑞宝章)であり、師事。紅浦はソーホーで開校した紅浦墨絵学校の経営で苦しんでいた時に、イサムノグチなら自分の抽象墨絵の作品を理解してくれると考え手紙を出す。 芸術家イサム・ノグチは紅浦の作品を見た後、紅浦をアトリエに呼んだり、電話で励ましている。 当時、多忙であったイサム・ノグチは紅浦に手紙を送って励ましている。画家・国吉康雄がアート・スチューデンツ・リーグの教諭であったため、紅浦は病院で臥せる国吉にお見舞いに行っていた。 作家・三島由紀夫のアメリカ版の7冊の本のカバーデザインを担当[出版:G.P. Putnam's Sons/Perigee Books]。コロンビア大学やニューヨーク大学で特別講師をするなど、日本伝統墨絵をニューヨークで広める第一人者である。ニューヨークタイムズ紙・ニューヨークポスト紙・アメリカの墨絵ソサエティなどで取り上げられている。戦後、ニューヨークでは、八島太郎(岩松淳)が主催するアートグループの八島スタジオに入り、多くの芸術家たちと交流する。アメリカ合衆国向けではあるが長野オリンピックの新聞掲載されたプロモーション用の”寿”は、紅浦が担当した。2007年、Dreams&HopesArtProject・ニューヨークにチベット人の子供たちと共に参加し、大阪府寝屋川市立明和小学校や大阪府寝屋川市立梅が丘小学校などで展示される。2009年、NHK番組迷宮美術館で師・小圃千浦についてインタビュー出演。また、ニューヨークでは、数多くの映画監督などから出演オファーがある。2010年、ニューヨーク・タイムズ紙でも特集が組まれた。2023年、日本テレビ1億人の大質問!?笑ってコラえて!で山本紅浦特集と生出演によりパフォーマンス。ジャスパー・ジョーンズ氏が紅浦墨絵学校に訪れ、紅浦が愛読するある墨絵の本をほしがる。ジャスパーは1万ドルでも良いのでほしいと言うが、紅浦にとっても大切な本であるため、お金をいくら積まれても売れないと断る。 紅浦が薦めた日系人収容所の生活を題材にした子供の絵本”砂漠に咲いたひまわり”(著者:エイミー・リー・タイ)は、夢と希望アートプロジェクト開催校である日本の小学校へ50冊ほど贈呈され、その絵本はニューヨーク国連本部にあるジェーン・アダムズ平和委員会の子供たちに役立つ平和賞を受賞する。紅浦は日本の子供たちへジェーンアダムズ平和委員会の子供たちに役立つ平和本受賞作品の贈呈のきっかけを作る。その絵本にメッセージを寄稿したダニエル・イノウエはニューヨークで紅浦スクールのペンを使い絵本にサインした。ダニエルイノウエが用いた紅浦のペンは、日本で開催されたダニエル・イノウエ追悼展(場所:阪神高速ミナミ交流プラザ、後援:米国総領事館)で絵本と共に展示された。紅浦墨絵学校ニューヨーク・タイムズ紙・特集
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