らい予防法違憲国家賠償請求訴訟(らいよぼうほういけんこっかばいしょうそしょう)とは、日本の著明な国家賠償訴訟のひとつ。ハンセン病に罹患した患者を伝染のおそれがあるとして隔離することを認めたらい予防法が、日本国憲法に違反するとして提起した国家賠償訴訟である。1998年(平成10年)7月31日、熊本地方裁判所に提訴され、2001年(平成13年)5月11日に、原告全面勝訴の判決が下された。判決は、らい予防法は日本国憲法に明らかに違反すること、国家賠償の起点になる時効(除斥期間の起算点)は、らい予防法が廃止された1996年(平成8年)4月1日であり、遅くとも1960年(昭和35年)以降は厚生大臣(当時、現厚生労働大臣)の患者強制隔離収容政策が、また、1965年(昭和40年)以降は国会議員の立法不作為が、いずれも違法且つ有責であって不法行為が成立するとし、全ての患者に対して、隔離と差別によって取り返すことの出来無い、極めて深刻な人生被害を与えたと認定した。日本の裁判史上において、これほど厳しく国のらい予防法と政策による非行を断罪した類例は無い。日本国政府は当初、事実認定や立法不作為の正当性を巡って、控訴を検討した。しかし、控訴するに足るほどの正当な理由を見いだすことが出来ず、5月25日に内閣総理大臣小泉純一郎が総理大臣談話を発表して、福岡高等裁判所への控訴を断念し、一審が確定判決となった。6月7日に衆議院で、6月8日には参議院で謝罪決議が採択された。6月22日にはハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律が施行された。また判決が出された直後に、日本弁護士連合会も判決を高く評価する声明を会長名で出している。この判決と控訴断念によって、行政府で時の首相であった内閣総理大臣小泉純一郎・厚生労働大臣坂口力から謝罪が出ている。唯一の立法府である国会の衆議院・参議院から、謝罪決議が出ている。行政府である日本国政府と唯一の立法府である国会は、平成13年(2001年)に謝罪したものの、らい病特別法廷を昭和23年(1948年)から昭和47年(1972年)まで96件開廷した裁判所は、三権の中で唯一謝罪をしていなかったが、平成28年(2016年)4月25日に、行政や立法の謝罪から15年遅れて、最高裁判所が謝罪を表明した。なお報告書では、日本国憲法第14条1項違反と指摘があったものの、日本国憲法違反ではないと結論付けているが、これに対する批判が患者会から挙がっている。2001年6月22日に成立したハンセン病補償法(「」)により、元患者らに賠償金が支払われることになったが、「厚労省告示(厚生労働省告示第二百二十四号)」によると、日本国内の国立・私立の療養所や、米軍占領下の琉球政府が設置した施設のみが対象であった。そのため、戦前まで日本の植民地であった韓国と台湾に建てられ、同様に運営がなされていた二つの施設(韓国小鹿島(ソロクト)更生園―現・国立小鹿島病院、台湾楽生院―現・楽生療養院)については補償対象外となっていた。そこで、この2つの療養所の入所者(以後「原告側」と略す)はハンセン病補償法による補償をするようにと日本政府に請求した(2003年12月25日に小鹿島厚生園・合計117名、2004年8月23日に台湾楽生院25名)。ところが日本政府(厚生労働大臣)は「小鹿島や楽生院は補償法の言う国立療養所には当たらない」として、その補償請求を全て棄却した(小鹿島は2004年8月16日、楽生院は同年10月26日)。そこで、原告側はこの棄却処分(不支給決定)の取り消しを求めて相次いで(小鹿島は2004年8月23日に、楽生院は同年12月17日に)東京地裁に提訴した。そしてその判決が2005年10月25日言い渡されたが、判決は真っ二つに分かれた。小鹿島は棄却処分を取り消さない(訴えを認めない=補償法による補償はしない)、楽生院は棄却処分を取り消す(訴えを認める=補償法による補償をする)、ということになったのである。これを受けて小鹿島の原告らは10月26日、棄却処分を取り消さないとした25日の東京地裁判決を不服として東京高裁に控訴した。また川崎厚生労働相は2005年11月8日の会見で、棄却処分を取り消すとした台湾訴訟について東京高裁に控訴することを正式に表明した。その後原告側は台湾訴訟の控訴の取り下げを求めると共に、両訴訟の政治的判断による早期解決を求める活動を進めた。この間にも高齢の原告団の中には、亡くなる人が続出していて、一刻も早い解決が必要な状態であった。その後、与党では補償額を国内入所者の水準に合わせて「一人800万円」とするハンセン病補償法の改正案を、2006年1月20日からの通常国会に提出する方針を決め、一方、厚生労働省は(韓国、台湾の)ほかにパラオ、サイパン(米国)、ヤップ(ミクロネシア連邦)、ヤルート(マーシャル諸島)の4地域についても調査をし、必要に応じて追加するという方向性を打ち出した。原告側弁護団は上記与党の改正案を受け入れる旨の声明を発表、政府の迅速な対応を求めていたが、同年1月31日改正案は衆院本会議で可決、続いて2月3日参院本会議で全会一致の可決を見、2月10日「改正ハンセン病補償法(ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律―平成18年2月10日法律第2号)」が成立するにいたった。これにより、楽生院は合計29名全員(当初の25名に4名増加した)に補償金が支給され、原告側は2006年3月17日東京高裁で台湾訴訟の訴えを取り下げた。しかし小鹿島は入所者の資料が散逸しているため、入所年月の特定などが困難を極めたが、448名(提訴当初の117名が増加した)中426名に支給されている(2009年2月9日現在)。2007年3月28日、厚労省はパラオ、ヤップ(ミクロネシア連邦)、サイパン、ヤルート(マーシャル諸島共和国)の各療養所を新たに補償の対象施設に指定すると発表した。現地調査や当時の文献から、患者を強制隔離していた事実が確認できたためで、厚労省は4月上旬から補償の申請を受け付けるとした。
出典:wikipedia
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