1440形は、かつて日本国有鉄道の前身たる鉄道院に在籍したタンク式蒸気機関車である。もとは、1890年(明治23年)に、九州鉄道がドイツのクラウス社から輸入したもので、1907年(明治40年)に鉄道国有法による買収により国有鉄道籍を得たものである。本項では、1895年(明治28年)から輸入された改良型である1400形についても取扱う。車軸配置0-6-0(C)形の単式2気筒、飽和式サイド・ウェルタンク機関車である。デザインは、同時期に九州鉄道が導入した形式4(後の鉄道院10形)と同調しており、メーカーの規格番号は「LI(これはローマ数字で、アラビア数字では51)」と称した。九州鉄道では形式15と称され、27両が導入された。同じ頃、阪鶴鉄道においても同形機をA2形として2両購入している。本形式の導入状況については、次のとおりである。「LI」は、国有化後しばらくの間は私鉄時代の形式番号のまま使用されたが、1909年(明治42年)に制定された鉄道院の車両形式称号規程により、1400形、1440形の2種に分けられた。両形式の差は、動輪直径の差(1400形は1092mm、1440形は1130mm)ということになっているが、同系列機である10形が当初計画では動輪直径の差により10形と30形に分けられていたのと同様の事情で、本来区分の必要がないものであった。そのため水槽容量の差(1400形は5.74m³、1440形は4.4m³)をもって区分することとした。九州鉄道に導入された、後に1440形となる初期の8両と1400形になった阪鶴鉄道の2両は、サイドタンクの長さが短く、第1動輪の直後から運転室までの間であったが、九州鉄道の後期型14両は第1動輪中心までの長さとなっている。いずれも、弁装置の機構を避けるため、第1・第2動輪間の水タンクの底面が上がった形になっているが、後期型の方がそれがよく目立っている。1909年の形式称号規程制定にともなう改番の状況は、次のとおりである。参考に当初計画の番号("斜体字")も記す。これらは、一貫して九州島内で使用された。主な配置は門司、鳥栖、宮地線、犬飼線であったが、1925年(大正14年)から翌年にかけて廃車された。しかし、廃車後解体となったものは1413のみで、他は全て地方鉄道や専用線に払い下げられた。当形式が非常に使い易く、これらの地方鉄道の需要に合致したものといえよう。当形式は前述のように、解体された1両を除く28両が民間に払い下げられて使用された。その状況は次のとおりである。一部は戦時買収により国有鉄道に復したが、いずれも短期間のうちに廃車または払下げとなっている。最終的に本形式が消滅したのは1960年代末で、保存された1両を除き廃車後全て解体された。1440形の諸元を示す。
出典:wikipedia
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