


アレクサンダー・"サーシャ"・シュルギン(Alexander T "Sasha" Shulgin、1925年6月17日 - 2014年6月2日)は、アメリカの薬理学者/化学者で、数百種類のデザイナードラッグと称される向精神薬を合成し、それらの効能を自分でテストした幻覚剤の研究者である。特に、ドイツの製薬会社メルク社が1920年代にはじめて合成したが広く製品化されることのなかったMDMAに注目し、60年代に再合成したことで有名である。その他には、長時間作用するDOM(俗称STP)や、聴覚のみに変化をもたらすDIPT、もともとは精神療法に利用されていた2C-Bなどがある。2014年6月2日にカリフォルニア州ラファイエットで肝癌のため死去。88歳没。ハーバード大学の奨学生として有機化学を学ぶが中退し、海軍に入隊。その後、カルフォルニア大学バークレー校で生化学を学ぶ。1960年、ダウ・ケミカルで研究者だった頃、幻覚剤のメスカリンを飲み、その衝撃から幻覚剤の研究に身を捧げることとなった。この転換には何の余地もなかった。1966年、ダウケミカルを辞める。サンフランシスコの東にある自分の研究室で向精神薬を合成し、妻のアンや友人と共にテストを行った。研究室は、ラファイエット郡にあり、元は両親の家の地下室である。40年間以上、週に3、4回摂取した。シュルギンは、薬物を2種類に分類した。MDMAやメスカリンなど、神経伝達物質ドーパミンに作用するフェネチルアミン系と、LSDやDMT、マジックマッシュルームの成分であるシロシビンなど、セロトニンに作用するトリプタミン系である。179種類のフェネチルアミンについて書かれた『ピーカル』("PiHKAL")と、トリプタミン系化合物について書かれた『ティーカル』("TiHKAL")という代表的な大著を妻のアンと共著で出版している。これらの本は化学物質の概要と合成方法、摂取方法や心理的作用について詳細に説明された本である。アメリカ食品医薬品局(FDA)はヴィルヘルム・ライヒの死後、その記録と文書を処分したが、サーシャにも同じようなことが起こると思い研究を残すためにこれらの本を出版することにした。情報の自由に対する情熱である。しかし、『ピーカル』の出版後、研究をするための許可証を取り上げられてしまった。法律による規制が強化されたこともあったため、幻覚剤に関する研究は中止した。その後は、土地の賃貸料及び一連の書物の印税で細々と暮らした。同時に、新しい抗うつ剤を探していると語っていた。
出典:wikipedia
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