


アキヒロホマレとは、中央競馬で1987年から1990年にかけて活躍したアングロアラブ種の競走馬である。1987年から1989年の3年連続でJRA賞最優秀アラブを受賞。馬名の由来は「馬主の初孫の名+ホマレ」。※ここで使用する馬齢は旧表記とする。1987年6月21日中京競馬場で開催されたアラブ系3歳未勝利戦(ダート1000メートル)でデビューし、当時のレコードタイムで勝利を飾る。次走の小倉競馬場、3歳300万下競走(芝1200メートル)でもレコードタイムで優勝したことから、小倉3歳ステークス(現・小倉2歳ステークス)へと出走するが、16着と敗れている。その後はアラブ戦のみに参戦し、全勝。レコードタイムを4コースで叩き出したことも評価されJRA賞1987年最優秀アラブを獲得。この年はアラブ戦に専念し2月14日のシュンエイ記念から9月18日のタマツバキ記念までの間に6戦し全勝。芝やダート、距離さえも不問でタマツバキ記念のほかセイユウ記念の勝利等が評価されJRA賞1988年最優秀アラブを獲得。前年のセイユウ記念から4ヶ月の休養を挟み、年初めの銀杯を最初のレースとする。この頃にはアラブ単独のレースでは別定戦の当該レースですら65キログラムを課せられるが、10キログラム軽い2着馬と8馬身差をつけ圧勝。ついにはサラブレッドが相手となる小倉大賞典や陽春ステークスへの参戦を図るも、いずれも14着と惨敗を喫する。陽春ステークス以後はアラブ戦に照準を絞り出走するが、67キログラム以上の負担重量を強いられ「負担重量との戦い」という感は否めない中、この年のタマツバキ記念に勝利し連覇達成となる。アラブ王冠で70キログラムを背負うことになるが、19キログラム軽い2着馬に2馬身半差をつけ快勝。この年の末、大井競馬場の全日本アラブ大賞典に参戦するが、ミスターヨシゼンの8着と敗れる。しかし、タマツバキ記念の連覇などが評価されJRA賞1989年最優秀アラブに選出される。もはやアラブを相手にするには負担重量が重くなりすぎたことなどから、サラブレッド相手に照準を絞る。しかし、相手が強くなったことと、6歳ともなると衰えも見え始めたこともあり、陽春ステークスで3着に入着したほかは、好成績を残せていない。この年の10月27日の多摩川ステークスを最後に引退している。アキヒロホマレは、生涯でレコードタイムを7回記録した。その記録の一覧を以下に記す。引退後は日本軽種馬協会で種牡馬入りし、確認できるだけで38頭は競走馬登録をしている。主な産駒に1997年に荒尾記念を勝ったライトアゲインがいる。年々生産頭数が減少しているアラブ系競走馬ではあるが、2007年にデビューした産駒がいるなど、一流種牡馬であっても用途変更が相次ぐアラブ系種牡馬界において、長きに渡り種牡馬としての役割を果たした。2014年2月14日付で用途変更になった後も日本軽種馬協会静内種馬場で余生を送っていたが、同年8月18日に老衰のため死亡した。
出典:wikipedia
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