


映海丸(えいかいまる)は、日本陸軍の砲艇型強力曳船であり、戦後にも短期間だけ海上保安庁の巡視船として活躍した船である。姉妹船は「照海丸」。姉妹船「照海丸」とともに大阪鉄工所桜島で建造され、1939年(昭和14年)2月に竣工した。陸軍では強力曳船に分類された。曳船とは本来はタグボートのことであるが、強力曳船とよんだのは秘匿のためで実態は砲艇型という通り護衛艇である。太平洋戦争中は陸軍船舶兵に運用され、日本占領下の東南アジア方面で船団護衛に活躍した。終戦時には瀬戸内海徳山湾の櫛ヶ浜にいた。終戦後、徳山湾にいたことから国鉄に仁堀航路用の鉄道連絡船として注目され、客船へと改装された。当時国鉄は、同航路の運航を1946年(昭和21年)5月1日に始めたものの船舶不足に悩んでいた。しかし、鉄道連絡船には適さず、すぐに職員養成用の練習船に転用された。1948年(昭和23年)9月1日に海上保安庁へ移管され、巡視船PB-31「映海丸」として1951年(昭和26年)6月23日まで使われた。
出典:wikipedia
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