安部 慎一(あべ しんいち、1950年4月7日 - )は、日本の漫画家、小説家。福岡県田川市出身。作品によっては「愼一」、「あ部愼一」との表記もあり。愛称は「アベシン」。1970年代より『ガロ』『ヤングコミック』などを中心に活躍した漫画家。鈴木翁二、古川益三と並び、「ガロ三羽烏」や「一二三トリオ」と称される漫画家の一人。息子はバンドHINTOのボーカル&ギターを担当する安部コウセイとベースを担当する安部光広。高校時代はスポーツに精を出し、剣道、空手、陸上に打ち込む。高校3年生の頃に永島慎二の「青春裁判」に心を打たれ、三日間家出をして永島の元を訪れる。高校卒業後に上京し、永島の家の近くの杉並区阿佐ヶ谷の富士荘2階に住む。本格的に漫画を描き始め、『ビッグコミック』新人賞に投稿する。最終審査まで残ったが、あまりにも永島の影響が出過ぎていたために、選考委員の石森章太郎 から「影響を受け過ぎてはいけない」と批評され落選。1970年の『ガロ』5月号に「やさしい人」が掲載されてデビュー。1971年の『ガロ』3月号に発表した「美代子阿佐ヶ谷気分」が人気となり、当時の漫画好きから憧れの雑誌となっていた『ガロ』や『ヤングコミック』等に多数の作品を発表し、「天才劇画家」と高評価を得る。1970年代後半には家業を手伝うために一時帰郷するが、数年後埼玉県所沢市に転居し、断続的に作品を発表する。この頃『エロトピア』の発行人である平田昌兵と出会い、主な活動の場をエロ本に移す。しかし1982年の32歳の時に新興宗教に染まり、精神分裂症(統合失調症)を発病する。酒にものめり込むようになり、徐々に寡作となる。2000年代に入り、実際には寡作だっただけであり、完全に沈黙していたわけではないが『QuickJapan』の「消えた漫画家」特集にて取り上げられ再び注目されるようになる。現在は酒も宗教もやめ、6回入退院をした持病と闘いながらも地元の福岡県田川市に居を構えて、漫画雑誌『アックス』に連載中の「田川生活」等の小説執筆を主として創作活動を続けている。また再評価の機運があり、かつての作品が単行本化されたり、2009年7月には『美代子阿佐ヶ谷気分』が映画化された。初期においては当時恋人であった美代子(現在の安部夫人)をモチーフとした『美代子阿佐ヶ谷気分』に見られるような、つげ義春や林静一、太宰治の影響下にあるであろう内省的で象徴主義的な作品が多い。また安部自身が体験したことや身の周りで起きたことを基に構成されている、私小説ならぬ私漫画的作品が多い。しかしその作風は一定ではなく、1970年代後半はよりシュールレアリズムな表現に傾斜し、1980年代には自身の精神不安が偶然/非偶然な形で投影されていく作品が多い。『BSマンガ夜話』において度々名が上げられ、いしかわじゅんや夏目房之介らに「良い絵を描く」と評されている。またいしかわじゅんは著書の中で、1970年代前半には安部が誰よりも何よりも輝いてかっこよく見える憧れの存在であったと述べている。
出典:wikipedia
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