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浦城城

浦城城(うらしろじょう)は、現在の宮崎県延岡市浦城町にあった城郭。浦尻城(うらしりじょう)とも言う。浦城湾奥にある、南北1500m、東西500mの「おや鼻」と呼ばれる半島を城取りしており、湾入り口には北から南にかけて長い砂嘴が発達しているため、城の存在はもちろん、湾そのものも沖合からはまったくその存在を知ることはできない格好の立地条件である。天正6年(1578年)、豊後大友氏による縣侵攻による滅亡時の城主は松田義清といわれる。築城者およびその年代の詳細は不明であるが、室町期以来、豊後・瀬戸内海方面とを結ぶ水軍の根拠地であったという。北岸の「矢来場」というところには、河野越智氏の建立による「天文十六年銘」の六地蔵幢があり、河野氏系越智水軍の支城であったと考えられている。堀切によって南の尾根と断ち切られた城域は、東西150m、南北500mに広がっている。湾からのぞめる北部斜面は樹木が多く比較的開けてはいるものの、全域を雑木と裏白などのシダ植物類を主とする深い草木に覆われており、調査はきわめて困難を極める。周囲には「船隠し」「甫場」「すか千軒」「おおや千軒」「のろし山」などの城郭関連の通称地名がのこっており、頂上は見張り台となっている。地元の伝承では、川石を敷き詰めた犬走り(帯曲輪)があり、緊急時には馬に乗った伝令が駆けたという。「甫場」には寺院跡がある。

出典:wikipedia

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