今夜はなまらナイト(こんやは‐)は、NHK山形放送局が不定期にラジオまたはテレビで山形県向けに放送する、方言を切り口としたバラエティ番組。ここでは、様々な派生番組についても一括表記。2007年1月に、山形県内のラジオ第1で単発番組として放送したことが始まり。「番組の開始から終了まで山形弁だけで喋り通す」という、それまで同局になかった画期的な方針で、県民の反響を集めることとなった。そのため、今夜も生でさだまさしのように、以後不定期で放送されるようになった。2008年4月には番組専用のホームページとNHKスタッフによるブログを立ち上げ、翌月以降全国番組(下記)でPR。これにより県外からの注目も集まるようになった。ホームページは県外の視聴者のために、番組を視聴できなくても山形弁の奥深さを体感できるような構成となっている。また、山形県内での視聴率も好調でありゴールデン進出第1弾『秋の芋煮スペシャル2』は23%。第2弾の『旅立ちの季節(とき)スペシャル』は、25%を超え、NHK内部でも話題となり、地域放送局番組デスク&リーダー研修会の研修材料になっている。番組に出演している藤田千枝は、元々一般の契約キャスターで、「スイカップ」と揶揄された古瀬絵理の同僚でもあったが、この番組の立ち上げに際し柴田徹アナウンサーに引っ張られ、2009年3月までこの番組専属のキャスターとして山形局に在籍した。また、番組を作るきっかけとなった脚本家の阿部美佳は、古瀬と同じ尾花沢市の出身である。いずれも山形県域放送。番組では、レギュラーメンバーを「なまらナイターズ」と呼ぶ。当初は山形県出身者だけだったが、彼らに引きずられて1人増え、今は6人。なまらナイトを支える裏方チーム。番組公式サイト中の投稿ページ“あがらっしゃい!”内に「へんな生きもののつぶやき」を随時掲載。藤田がNHKを去った2009年度から、福岡局制作の『トンコツTV』に倣い、FM放送で定期番組が始められた。これは、本編がテレビ番組として定着するようになったため、原点に返ることと、若い世代に方言の良さを伝えることを目的としている。番組制作に地元高校の現役放送部員を関与させたり、時折“暇な”なまらナイターズメンバーを招いたりする。藤田が完全に関われなくなった時に備えた後継者育成を兼ね、寒河江市出身の犬飼春美が山形局に採用され、当初はこの番組担当。犬養は後に本編にも進出し、テツと食堂担当リポーターとして番組を盛り上げたが、東日本大震災の余波もあり2年で終了、犬飼もその後退職した。東日本大震災により東北では地域番組を作りづらい状況に陥った。しかし山形では、『なまらナイト』シリーズにより生まれていた地域のネットワークが、被災者支援に少なからず役立っていたことが、当時の柴田のブログに対するコメントなどから窺い知ることができる。そうした地域の「絆」を再確認し、柴田が今何を思うのかを吐露し、そして今後被災者を支えるために大事なことは何かを、地域の視点で語り合い、併せて番組再開への糸口をつかもうとして企画されたものが、この番組である。この回については、特別に福島県内にもネットされた。2012年度に入ると、柴田の地元滞在が長期化したことに加え、NHKが東北全体でラジオ強化の方針を打ち出した。その代償として金曜夜の総合テレビ県域番組が縮小する傾向が強まり、県によっては完全撤退というケースもみられた。『なまらナイト』も、桜の回を最後に放送が途絶えていた。県民が番組の動向に気を揉む中、柴田は9月14日付のブログで事実上ラジオへの“原点回帰”を宣言。番組を始めて以降交流が生まれたという公民館の関係者と1時間のラジオ番組を作ろうという趣旨であり、柴田は「月1回ペースでやりたい」との意向を示している。柴田とスタッフの奮闘によりその公約は何とか守られた。受信料値下げと東日本大震災を受けた地域放送見直しの波は、東北から全国に拡大。加えて自身の地元勤務が長くなったこともあり、柴田はブログで『なまらナイト』シリーズの刷新を宣言。2013年度はシリーズの原点に返り、ラジオ第1の月1企画として再出発した。原則として第1週の『きらめき歌謡ライブ』を差し換える形で放送する。また、従前テレビでは全員が揃っていたなまらナイターズについても、その時に都合がついたメンバーだけに来てもらう形に変えた。山形局は『なまらナイト』をテレビジョン放送のデジタル転換周知にも活用しており、2010年度は“放送局のちから”にもその方針を明記した。アナログ放送終了までは、NHKオンラインの特設サイトで公開されていた。出演メンバーは以下の通り。
出典:wikipedia
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