乳癌(にゅうがん、 , 独:Brustkrebs, 羅:Carcinoma mamae)は、乳房組織に発生する癌腫である。世界中でよく見られる癌で、西側諸国では女性のおよそ10%が一生涯の間に乳癌罹患する機会を有する。それゆえ、早期発見と効果的な治療法を達成すべく膨大な労力が費やされている。また乳癌女性患者のおよそ20%がこの疾患で死亡する。乳癌に罹患するリスクは年齢と共に増加する。生涯で乳癌に罹患する確率は、日本人女性で16人に1人、男性でである。欧米では8~10人に1人である。大阪府癌登録による成績では1975~2001年に診断された乳癌全罹患数(39,879例)のうち、男性乳癌は0.57%(226例)であった。また、Tajimaらは、男性乳癌の最頻値が60歳代であることを示した。乳癌に罹患する確率は色々異なった要因で変わってくる。家系によっては、乳癌は遺伝的家系的なリスクが強い家系が存在する。人種によっては乳癌リスクの高いグループが存在し、アジア系に比べてヨーロッパ系とアフリカ系は乳癌リスクが高い。他の明確になっているリスク要因としては以下の通り。年齢と共に乳癌の発生する確率は高まるが、若年齢で発生した乳癌は活動的である傾向が存在する。乳癌の一種の炎症性乳癌 (Inflammatory Breast Cancer) は特に活動的で、若い女性に偏って発生し、初診時のステージがIIIbまたはIVであることが多い。この癌は他とは変わっていて、乳癌のしこりが無いこともしばしば見受けられ、マンモグラフィーや超音波検査で発見することが出来ない。乳腺炎 (Mastitis) のような乳房の炎症が症状として現れる。乳癌の予防の可能性の要素として次のようなものがある。2つの遺伝子、BRCA1とBRCA2は家族性の乳癌と関連している。この家系の女性でこれらの遺伝子が発現している者はそうでない女性に比べて乳癌に罹患するリスクが極めて高い。(p53遺伝子突然変異の)Li-Fraumenid症候群もまた同様で、全乳癌患者の5%にこの症候群が見られる。他の遺伝因子は乳癌では散発的に見られるだけである。乳癌は、非浸潤乳管がん(ductal carcinoma in situ)、非浸潤性小葉がん(lobular carcinoma in situ)、浸潤乳管がん(invasive ductal carcinoma)に代表される浸潤がん、そしてPaget病に大別される。日本の乳癌取扱い規約では、浸潤乳管がんをさらに、乳頭腺管癌、充実腺管癌、硬癌に細分類される。などしかし、男性乳癌の頻度は少ないものの、女性では乳腺組織が脂肪に包まれており多少の浸潤であっても多臓器浸潤には至らないが、男性では表皮や胸壁に近接しており、わずかな浸潤でも容易に進行期となり得る。30歳代から高齢の女性ほど罹患率が高い為、今日では多くの国で検診を受けることが推奨されている。検診には胸部自己診断法 () とマンモグラフィー () も含まれる。いくつかの国では、壮老年女性の全員の毎年のマンモグラフィー検診が実施され、早期乳癌の発見に効果を挙げている。ただし、検診にもデメリットは存在する。乳癌患者発見の背後には、その10倍以上の乳癌でない被験者が精密検査へと回り、生検(乳房に針をさす)を受けていることも事実である。こういったことから、2009年にはアメリカの予防医学作業部会が40代の定期的なマンモグラフィ検診は推奨しないと発表し、大きな議論となった。マンモグラフィーは早期乳癌を発見する為の選択肢のひとつであり、これひとつですべての年齢、すべての乳癌の、早期発見がカバーできるものではない。欧米では生涯乳癌リスクが20%以上の女性に対して造影剤を用いたMRIによるスクリーニングが推奨されている。日本では現在、40代における超音波検査の併用検診の効果について大規模な臨床研究が行われている。CTはX線被曝や費用の問題もあり、検診に用いられることは希である。20歳代での検査は、マンモグラフィ(描出率43%)よりも乳房超音波検査(描出率86%)が診断に有用である可能性が示唆された。これは、若年者では乳腺が発達しており、マンモグラフィーで高輝度乳腺となって、病変を検知することができないという経験論とも合致し、年齢に応じた検査法の選択が必要であることを強く示唆する。なお、高齢者では、乳腺が萎縮しているためマンモグラフィーでも病変の描出が比較的容易である。壮老年女性の検診は増加しているのにも関わらず、多くの女性が乳癌に最初に気づくのは、かかりつけ開業医などが乳房のしこりを発見したり、入浴中にしこりを自覚したりといった契機による。一般的な乳癌のスクリーニング検査としては、問診、触診、軟X線乳房撮影(マンモグラフィー)、超音波検査等が実施される。臨床的に疑いが生じると、乳房MRI検査および細胞診や生検, マンモトームなどが実施され病理学的診断により癌であるかどうか判別される。マンモグラフィは簡便であるが、早期乳癌の検出率は56%であり、MRIの検出率92%に有意に劣るとされる。細胞診は多くの場合、超音波装置の誘導で腫瘍内に細い針を挿入し腫瘍細胞を採取する。生検にはいくつかの種類があるが、超音波ガイド下にやや太目の針を挿入して腫瘍の一部を採取する針生検が最もスタンダードである。細胞診や針生検で診断が困難な場合には、超音波またはマンモグラフィーを取る機械を用いたマンモトーム生検、MRI検査でしか描出できない多発乳癌などの場合は、MRI検査をしながら生検を行うMRIガイド下乳腺生検が行われることもある。辺縁不正な腫瘤影、構築の乱れ、スピキュラ(spicula)、微細線状石灰化、微細分枝様石灰化が認められる。形状不整、内部エコー不均一、後方エコー減弱などが認められる。以下のものなどが使用される。がんの再発を100%検知できるものでもなければ、例えばCEAは喫煙によって高値を示すなど、感度・特異度とも完全な検査ではないため、CTなどの術後の定期検査も必要となってくる。以下に参考値も付すが検査機器によって正常値が異なるため、検査値の評価するときには、それを確認する必要がある病理医はふつう、腫瘍の組織型と、顕微鏡的なレベルの進行度合い(浸潤性であるか否か、など)を生検の報告に記述している。浸潤性乳癌の殆どは腺癌 (adenocarcinoma) であり、その中で最も普通の亜型は浸潤性乳管癌 (infiltrating ductal carcinoma ICD-O code 8500/3) である。他の亜型としては浸潤性小葉癌 (infiltrating lobular carcinoma ICD-O code 8520/3)、髄様癌(medullary carcinoma)、粘液癌(mucinous carcinoma)、管状癌(tubular carcinoma)、浸潤性微小乳頭癌(invasive micropapillary carcinoma)、化生癌(metaplastic carcinoma) などがある。稀に、腺癌以外の癌腫(あるいは癌腫以外の悪性腫瘍)がみられる。また乳腺の増殖性病変の一部は乳癌と紛らわしい良性病変、良性と紛らわしい乳癌の顕微鏡像を呈することがあり、正しい診断に到達するためには、免疫染色という方法を用いることがある。乳腺病理専門医にたいしてセカンドオピニオンを求めたり、針生検においては無理に最終診断を下さず切除生検を推奨することも、時に重要となってくる。診断が付くと、次は癌の病期の判定に移る。腫瘍の広がり具合と、浸潤や転移の有無を、病期判定の尺度とする。乳癌の病期(ステージ)は腫瘍の乳房内での広がり、リンパ節への転移の有無、癌細胞の遠隔転移で決まってくる。腫瘍の乳房内での広がりには、腫瘍のサイズ、皮膚や胸壁への浸潤の有無、炎症性乳癌という病態かどうかが含まれる。浸潤・転移が疑われリスクが高い場合は、CTスキャン、骨(シンチグラフィー)、フルオロデオキシグルコース陽電子断層撮影(FDG-PET)、磁気共鳴画像(MRI)、血液検査等の追加の検査で、遠隔転移の発見が試みられる。腫瘍医はTNM分類で区分を簡潔に表現し、推奨される治療法を決定する(UICCのTNM分類(第7版)と日本のがん取扱い規約上のTNM分類(第17版)とではわずかに異なる点がある)。癌の病期を分類する一つの方法としてもTNM分類が使われる。TNMとはTumour(腫瘍)、Nodes(リンパ節)そしてMetastasis(転移)の略称である。さらに、乳癌では、エストロゲン受容体 (estrogen receptor) 、HER2/neu癌遺伝子、増殖マーカーであるKi-67 indexなど生物学的要因も踏まえた上で、治療選択を選択する。患者の癌の性質をつぶさに調べ、最善の治療法を選ぶという意味で、テーラーメード医療と言えよう。エストロゲン受容体(ER)・プロゲステロン受容体(PgR)・ヒト上皮成長因子受容体2(HER-2)の3要素がいずれも発現していない癌をトリプルネガティブ乳癌()と呼ぶ。トリプルネガティブ乳癌はBRCA1の関連が示唆されている。乳癌の治療は原則的には外科的切除であり、抗がん剤や抗エストロゲン剤など化学療法と放射線療法が併用される。術前に化学療法を行なうことをneo-adjuvant治療といい、術後に行なうことをadjuvant治療と呼ぶ。化学療法への腫瘍細胞の反応は様々で、術前化学療法で病理組織検査上、がん細胞が完全に死滅することもあるが、この場合でも、温存術後の放射線治療は省略すべきでないとされている。手術StageⅠ~ⅢAに対して適応となる。最近では、乳房温存術と乳房切除術とでは予後に差が無いことが報告されてきており、手術は拡大手術ではなく縮小手術が行われる傾向にある。腫瘤の大きさによって切除範囲が選択されるため、>3cm以上の大きな腫瘤や、胸壁や皮膚へ直接浸潤しているような進行している場合には広範囲切除となる。切除断端陽性(遺残)が再発の高リスクであるため出来る限りの腫瘤摘出が望まれる。手術の際には、リンパ節郭清として、センチネルリンパ節生検(sentinel lymph node biopsy)が行われ、リンパ節転移のある場合には状況によりセンチネルリンパ節のサンプリングだけで終わるか、腋窩リンパ節郭清を行なうか判断される。温存術後に放射線治療を組み合わせた治療法を「乳房温存療法(breast conservative treatment)」といい、局所再発率といった治療成績は乳房全摘術(amptation of the breast)と同等である。ただし、胸部照射の既往や活動性の強皮症や全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus)をはじめとする膠原病の合併、妊娠中などいくつかの禁忌が存在する。また、放射線治療時には両手を挙上する必要があるがこの体位を保持できない場合にも、温存療法の適応とならない。乳房温存術後の局所再発の予防を目的とした乳房全照射が一般に行なわれ、術後照射により局所再発が1/3-1/4に減るとする文献もあり、大規模な研究によれば、生存期間を延ばすという効果も認められている。照射野は通常、患側乳房全体であるが、腋窩リンパ節転移が主に4個以上あれば、鎖骨上窩リンパ節領域への予防照射も検討され、術前の画像上、胸骨傍リンパ節転移を疑う場合には同部位も照射野に入れる。乳房温存術後の予防照射としては、全乳房に対して50Gy/25fr(一回に2Gy(グレイ)という放射線量を25回照射し、総線量50Gy照射)照射するのが、一般的である。術後断端が陽性(顕微鏡レベルではあるが、手術でがんを取り切れていなかった可能性が高い)であったりする場合は、がんが元あった場所(腫瘍床)に10Gy/5fr追加で照射することもある(ブースト照射)。術後の予防照射では、皮膚の発赤や茶褐色の着色・乾燥・かゆみ・術創部付近のぴりぴり感などの急性の有害事象が生じることが多いものの、概して軽度に治まり、徐々に(一年程度)、照射による変化は消失していく。一方、患側の手の浮腫は手術によるリンパ節郭清の影響と相俟って、強く出ることもあり、これは鎖骨上窩リンパ節照射を照射することによって、出現頻度が高まり、まだ症状も強い傾向にある。一旦浮腫が起こると治療することが難しいため、ならないように生活指導されるが、重いものを持たないなど患側の手を愛護的に扱うといった事が中心である。しかし、患側が利き手であるとこうしたことは難しく、研究結果とともに患者の今後の生活まで視野に入れた治療方針を決定することが重要である。また、左乳癌の場合、心臓もわずかに照射野に入るため、心膜炎、狭心症、心筋梗塞といった有害事象も生じうる。さらに、放射線による二次発がんも懸念される。25回の照射は、通常土曜日、日曜日、祝日を除いて毎日連続で行なうことが必要であり、一ヶ月と少しは毎日病院に来る必要があって、通院が負担となる例もある。そのため短期照射といって、25回よりも短い期間で同様の効果が得られる放射線治療法が保険でも認められており、利用されている。ただし、短期照射では、総線量が50Gyに満たない。民間の医療保険では、放射線治療を行なった場合、50Gy以上の照射でなければ、保険金が出ないという契約となっていることも多く、短期照射を希望する場合は確認が必要である。また、小線源治療などにより、乳房全体ではなく、腫瘍があった部分に限局して放射線を照射するという研究もなされており、結果が待たれる。転移および再発における症状緩和を目的とした照射がある。乳癌は比較的骨転移を来しやすい癌腫である。骨転移は無症状の場合もあるが、強い疼痛を伴うこともあり、こうした場合に病変部に照射すると、9割程度で除痛効果が得られ、半数では完全に痛みが消失する。背骨(脊椎)に転移すると、脊髄という神経の束を圧迫して、麻痺などを起こすこともあるが、放射線照射でがんを制御することにより、麻痺が解除されうる。また、脳転移も時に認められるが、数が少なければ定位放射線治療を行なったり、多ければ全脳照射を行なったりする。他、肝臓や、肺にも転移しやすく、少数であれば定位放射線治療の適応もあるが、一般に化学療法などの全身療法をすることが多い。術後化学療法は再発リスク評価に応じて適用され、内分泌薬・抗がん剤・分子標的治療薬の3種類を用いて行われる。また術前化学療法も行われる。また再発・転移性乳癌においても化学療法が行われる。長期治療成績は診断確定時の乳癌の病期(ステージ)と癌がどのように治療されたかに依存する。一般的に言って、早期発見されればされるほど予後は良い。早期であればほとんどの乳癌が手術によって根治する。男性乳癌では女性乳癌と比較して大胸筋浸潤を起こしやすく、進行癌で発見される確率が高いため、5年生存率40~50%と予後不良であると考えられてきた。しかしながら、近年の例によると女性患者と比べても全生存率、無病生存率ともに変わらないことが指摘されている。また、外科的手術を行った場合、主に審美的な観点、および、患者の精神的なケアの観点から、乳房再建術が行われることがある。乳癌は古代からあった病気で、古代エジプトにおいてはイムフォテプと言う医師による乳癌治療の記録が『パピルス』に残されている(紀元前3000年~紀元前5000年のこと)。古代における乳癌の主な治療方法は、乳房の一部を切開することで悪性腫瘍を排膿し、残りの腫瘍は原始的に焼却したり腐敗させたりした。古代においては麻酔も防腐も無い時代であるので、乳癌の手術には大変な苦痛が伴い、手に負えないものであれば軟膏を塗るといった姑息的な手法によるしか出来なかった。それから長い時代において、乳癌治療の歴史 は停滞したままであったが、16世紀にアンブロワーズ・パレという外科医が、糸による結紮(けっさつ)で細胞を壊死(えし)させ、それによって癌を取り除くという手法を試みた。乳癌の手術技法を確立したのは、フランスの外科医、ジャン・ルイ・ペティ(1674年~1750年)である。その方法は、癌に周囲組織を大きく付けて一塊にして切り取り、更に転移を防ぐ為に腋窩(えきか)リンパ節を取るものであり、これは現代の外科の考えと一致するものである。彼の死後24年後にはその業績は出版され、1800年代に入ってからは多くの外科医が乳癌治療の腕を競うようになった。今日の乳癌手術の術式を確立したのはハルステッドであり、1970年代まで彼の確立した術式は世界中で認められ、用いられるようになった。ハルステッドは1882年、最初の根治的乳房切断手術を行った。これまでの手術と違う所は、癌腫瘤から大きく離して正常皮膚乳腺組織を大きく癌の癌腫瘤の側に付けて切除し、更に大胸筋と腋窩リンパ節を摘除していることである。メイヤーは1894年、6例の根治的乳房切断術を行ったことを報告している。彼は大胸筋のみで無く、より安全を確保する為に小胸筋も切除した。こうして乳癌根治術方が確立されることとなった。乳癌は乳房を切除しても皮膚は腋窩に癌が再発することが多かったが、ハルステッドの療法によって、それまでの再発率60~70%が6%に劇的に抑えられるようになった。(関連団体)
出典:wikipedia
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