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リッキー・ルビオ

リッキー・ルビオ(Ricky Rubio)ことアレックス・リカルド・ルビオ・イ・ビベス(Alex Ricard Rubio i Vives、1990年10月21日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手。NBAのミネソタ・ティンバーウルブズに所属している。カタルーニャ州バルセロナ県アル・マズノウ出身。ポジションはポイントガード。192cm、86kg。両親と兄・妹・祖母の6人家族。2歳年上の兄(マーク・ルビオ)もスペイン国内リーグのチームでプレイするプロバスケットボール選手。4歳の時にバスケットボールを始める。始めた頃の彼のバスケの指導者は父親だった1995-2001年まで地元アル・マズノウのバスケットボールチームでプレイする。2002年に2歳年上の兄(マーク・ルビオ)が既に所属していたホベントゥット・バダローナの下部組織に入団。2002-2004年までインファンティルA(対象年齢13歳~14歳)のカテゴリーでプレイ。2004-2005年にはカデッテA(対象年齢15歳~16歳)のカテゴリーに昇格してプレイ。2005年にはジュニア欧州選手権(アルバート・シュヴァイツァー・トーナメント)で銅メダルを獲得。2005年10月15日のリーガACB開幕戦にて史上最年少となる14歳11ヶ月24日でプロデビュー。15歳で参加した2006年では開幕戦でトリプルダブル(24得点11リバウンド10アシスト)を記録し、準決勝のvsクロアチア戦では19得点10リバウンド13アシスト11スティールでクァドラプル・ダブル達成、決勝のvsロシア戦では51得点24リバウンド12アシスト7スティールと大活躍し、スペインの優勝に貢献。自身も大会MVPを受賞。16歳ながら参加した2007年(2007年8月3日~12日)では、1試合平均22分の出場で、19.1得点5リバウンド4.8アシスト4スティールの活躍で大会ベスト5に選出される。2006-07シーズンのリーガACBにてJugador Revelaciónとスティール王(1試合平均2.3個)を獲得。2006-07シーズンのユーロバスケットにも出場。2007-08年コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)で優勝。
同シーズンのULEBカップでも優勝。
2007年、22歳以下の選手で最も優秀な選手に与えられる、FIBA欧州最優秀ヤングプレイヤー賞を受賞。2008年7月18日、17歳8ヶ月28日という若さでスペイン代表デビューを果たし、北京オリンピックにも出場。全試合出場し、銀メダルを獲得した。また、オリンピックの決勝戦でスターターを務めた史上最年少の記録を更新した。2008-2009シーズンは、ルビオと共にバックコートでコンビを組んできたチームのエース、ルディ・フェルナンデスが移籍したのを筆頭に、他にも大幅にメンバーが入れ替わった。2008年10月初旬の検査で、北京オリンピック決勝戦で痛めていた右手首が靭帯損傷している事が判明。2008-2009シーズン開幕後も、登録ロスターから外れ、治療に専念。自チームの試合も私服で観戦。2008年12月上旬、右手首にまだギプスらしきものを着用しながらも試合に復帰。しかし、やはりまだ完治しきっていないのか、2~3分の出場に留まっている。
その後、2008-2009ユーロリーグにも出場したが、国内リーグ同様怪我の影響の為、少ない出場時間となった。ルビオの前半の離脱や主力の怪我も響き、バダローナの2008-2009ユーロリーグは予選グループで敗退となった。2008年FIBA欧州最優秀ヤングプレイヤー賞を昨年度に続き2年連続で受賞。2009年のNBAドラフトにエントリーし、1巡目全体5位でミネソタ・ティンバーウルブズに指名される。2009年9月1日、FCバルセロナと6年契約を結び移籍した。2009年ユーロバスケットにてスペイン初の金メダル獲得。2009年スーペルコパ・デ・エスパーニャで優勝。2009-2010シーズンのリーガACB最優秀ディフェンス賞を受賞し、1stチーム入り。ユーロリーグでは移籍初年度でチームを優勝に導き、ライジングスターも受賞した。2011年7月、NBAのミネソタ・ティンバーウルブズと契約した。2011年12月26日、オクラホマシティ・サンダー戦でNBAデビュー。月間最優秀若手選手賞に選ばれるなどの活躍を見せたが、2012年3月のロサンゼルス・レイカーズ戦で、コービー・ブライアントと接触した際に左ひざ前十字じん帯を断裂。この怪我の手術によって残りのルーキーシーズンを終えた。またロンドンオリンピック欠場を余儀無くされた。2014年10月31日に、ウルブスと4年5600万ドルで契約を延長した。2016年3月11日のオクラホマシティ・サンダー戦では、第4クォーター残り0.2秒の場面から、決勝の3ポイントシュートを決めた。

出典:wikipedia

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