LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

日名子実三

日名子 実三(ひなご じつぞう、1892年10月24日 - 1945年4月25日)は、日本の彫刻家。大分県臼杵市出身。八咫烏を意匠とする日本サッカー協会(当時・大日本蹴球協会)のシンボルマークをデザインしたことで知られる。5人兄弟の末子として誕生。臼杵中学校(現・大分県立臼杵高等学校)を卒業後、親の勧めで慶應義塾大学理財科に進学したものの程なく中退。その翌年1913年(大正2年)、東京美術学校彫刻家塑造部へと入学し首席で卒業。学生時代から朝倉文夫の弟子として学び、1919年(大正8年)には作品「晩春」が帝国美術院展覧会に入選する等、世間的にも認知されるようになったが、1925年(大正14年)に作品の方向性の違いから独立することを選び、斉藤素巌と共に構造社を結成。1931年(昭和6年)には、漢文学者・内野台嶺らの発案を基に八咫烏を題材に、大日本蹴球協会の「シンボルマーク」を手がける。これは大日本蹴球協会の後身である日本サッカー協会にも受け継がれ、またこのマークを基に作られた「日本代表エンブレム」は、サッカー日本代表のユニフォーム等に使用されている。金鵄を意匠とする昭和六年乃至九年事変従軍記章(満州事変・第一次上海事変)、八咫烏を意匠とする支那事変従軍記章(日中戦争)といった著名な従軍記章、1940年(昭和15年)に完成した宮崎県宮崎市平和台公園の平和の塔(八紘之基柱、八紘一宇の塔)、日本ニュース(ニュース映画)のテーマタイトル等を手がけている。1945年(昭和20年)4月25日、脳出血により死去。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。