橋本脳症(はしもとのうしょう、Hashimoto encephalopathy)とは甲状腺自己免疫疾患に関連した脳症である。甲状腺機能異常に伴う神経症状としては甲状腺機能低下症による意識障害、認知症、運動失調などを来す粘液水腫脳症、甲状腺機能亢進症に伴う痙攣、躁状態、妄想、不随意運動をきたす甲状腺中毒脳症などが知られている。これらは甲状腺ホルモン値の正常化によって改善するが、内分泌学的な治療によって神経症状の改善が認められずステロイドなど免疫学的な治療により改善を認める群が知られ、今日の橋本脳症といわれる疾患群が含まれる。このような症候群は英国のLord Brainらによって1966年に報告された。その後の検討では精神神経症状が存在し、抗甲状腺抗体が陽性であり、ステロイドによる反応性が良好で他疾患が除外され橋本病と診断した群では甲状腺機能はむしろ正常である場合の方が多い(約70%は正常)とされている。SREAT(Steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis)やNAIM(nonvasculitic autoimmune inflammatory meningoencephalitis)は橋本脳症とほぼ同様の概念である。1966年に英国のBrainらが橋本病に伴い、意識混濁、幻覚、片麻痺、失語など精神神経症状を呈した48歳の男性患者を報告したことにはじまる。この患者は甲状腺ホルモンの値は正常であるにも関わらず、精神神経症状を繰り返し症状の変動と関連してサイロイドテストの異常や髄腋蛋白の上昇が認められた。甲状腺生検では橋本病に特徴的な病理所見が得られた。甲状腺ホルモンの補充では症状の改善が認められず粘液水腫性脳症とは異なる自己免疫的な機序を背景とした脳症の存在が示唆された。1988年にBehanらが急性散在性脳脊髄炎患者を免疫学的に解析し、橋本病に伴う自己免疫性脳症の一群があることを改めて指摘した<。1991年にShawらが抗甲状腺抗体陽性でステロイド反応性有する5名の脳症患者を報告した。このときはじめて「Hashimoto encephalopathy」という新しい疾患概念が提唱された。欧米では2.1人/10万人という推計もあるが日本の疫学調査は存在しない。福井大学の多数例解析で病型分類が知られている。精神・神経症状を有し、抗甲状腺自己抗体陽性、ステロイドなどの免疫療法に反応し、抗NAE抗体が陽性、他の原因が除外された80例の症例で解析をしている。抗NAE抗体陽性の橋本脳症の検討である。男女比は男性22例、女性58例であった。平均年齢は62.3歳であり30歳代と60〜70歳代にピークがある緩やかな二峰性の分布を示した。甲状腺機能に関しては正常例は74%にとどまったが異常例も軽度の亢進または低下であった。橋本脳症という病名であるが、抗TSHレセプター抗体のみ陽性の例も存在する。ステロイドの反応性は完全治癒が39%と最も多く、著効例が55%であった。この検討での再燃例は11%であった。再燃例が67%という別の報告もある。意識障害、精神症状、痙攣などを主症状とするもの。半数以上がこの病型を示す。幻覚、せん妄、認知症などを主症状とするもの。20%程度がこの病型を示す。小脳失調を主症状とするものである。慢性進行性の経過をたどる例も多く脊髄小脳変性症の鑑別になる。治療可能な自己免疫性小脳失調症である。クロイツフェルト・ヤコブ病様の経過をとるものである。治療可能な急速進行性認知症の報告もある。抗甲状腺抗体が陽性となるが大規模疫学研究では抗TPO抗体、抗Tg抗体のいずれかが陽性であったものはおよそ18%程度認められている。髄液の抗甲状腺抗体が陽性となるという報告もある。おおよそ20%が潜在性甲状腺機能低下症、およそ20%甲状腺機能低下症、7%ほどが甲状腺機能亢進症を示し、それ以外は甲状腺機能は正常である。80%ほどで髄液検査の異常が認められる。髄液蛋白の増加が多いが10から25%程度で髄液単核球増加も認められる。脳波では非特異的な徐波が認められることが多い。頭部MRIでは明らかな異常を指摘できないことが多い。非特異的な脳萎縮や白質病変を指摘できることが多い。focalまたはglobalな脳血流の低下が認められる。Shawらは精神神経症状(脳症)の存在、抗甲状腺抗体の存在、ステロイドに対する反応性という3点を強調している。この診断基準の問題点は甲状腺自己抗体の疾患特異性である。抗甲状腺抗体の陽性率は日本人全体で5〜25%に達するため診断の契機になりえても確定診断になりえない。診断基準としてはPeschen-Rosinらが1999年に提唱したものがよく知られており、とされている。臨床的に出現頻度の低い項目も含まれており少なくとも日本人の橋本脳症の診断には適していないと考えられている。橋本脳症と診断された患者血清の抗原蛋白を検索し、脳蛋白に対するプロテオーム解析を行い、抗N末端αエノラーゼ抗体(抗NAE抗体、解糖系酵素への抗体)が橋本脳症に特異的であるという報告が存在する。抗NAE抗体は橋本脳症の診断感度は50%で特異度が91%である。したがって抗NAE抗体が陽性であればほぼ橋本脳症であるが陰性例では否定出来ない。脳症を呈さない橋本病でも11%で抗NAE抗体は検出されるがすべて320倍と低力価である。5000から40000倍の高力価群と320から1000倍程度の低力価群が存在する。治療としては先に述べたステロイドが一般的である。しかし、典型的には症状の何らかの改善が得られるのは数カ月程度であり、再発が極めて多い。特にPSL減量中の再発が多い(PSL10mg/day~15mg/dayで多い)ことからアザチオプリン、メソトレキセート、シクロスポリンといった免疫抑制剤の併用が推奨されている。ステロイド無効例には免疫グロブリン大量療法、血漿交換の有効性も症例報告レベルでは存在するがRCTは存在しない。症例報告の内訳はステロイド抵抗性の急性脳症型の橋本脳症による認知障害や不随意運動といった症状及び抗甲状腺抗体高値の改善例、免疫グロブリン大量療法においてもステロイド抵抗性の急性脳症型の不穏や失語症の症状と抗甲状腺抗体の改善例である。障害機序としてはMRIやSPECTによる検討からは脳実質内の細小血管炎による血流低下などが考えられているが、病理報告が少なく明らかになっていない。他の仮説としては抗神経抗体関与の病態、髄液中の抗甲状腺抗体関与の病態、急性散在性脳脊髄炎類似の病態といった仮説もある。橋本脳症の他の病型と同様に存在自体に議論の余地がある。否定的な根拠としては抗甲状腺抗体が病態に関わる根拠が示されていないこと、抗甲状腺抗体は健常者でも陽性を示すこと多く、アメリカの検討では健常者の18%で陽性であったこと、他の自己免疫性小脳失調症、例えばグルテン失調症や抗GAD抗体陽性小脳失調症でも高率に抗甲状腺抗体は陽性を示し、免疫学的な治療で軽快するためShawらの診断基準を満たすためである。Shawらの基準を満たした小脳失調型橋本脳症13例の検討例の報告がある。抗NAE抗体陽性例は8例で陰性例が5例であった。62%が慢性進行性の経過であり、半数でSPECTで小脳の血流低下があり脊髄小脳変性症との類似点が認められた。眼振が17%と乏しく、小脳萎縮も38%と乏しかった。この点は抗GAD抗体陽性小脳失調症など他の自己免疫性小脳失調症と異なる点であった。免疫学的治療の効果は著効が4例、中等度効果が4例、軽度効果が5例であった。抗NAE抗体陽性のものは免疫学的治療がより効果的な傾向があった。橋本脳症では髄液中の抗甲状腺抗体が陽性となると報告されていたが小脳失調型橋本脳症では陽性のものは認められなかった。小脳失調型橋本脳症の症例報告としてはSelimらが6名の橋本病に伴った小脳失調を報告している。そのた中川ら、山本ら、南里ら、田中らも報告している。また三苫らは抗NAE抗体陽性の小脳失調型橋本脳症の患者の髄腋をラットの小脳プルキンエ細胞に潅流しパッチクランプ法を用いてプルキンエ細胞伝達の阻害を明らかにした。
出典:wikipedia
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