養老牛温泉(ようろううしおんせん)は、北海道標津郡中標津町にある温泉。渓流沿いに立地しており、川の流れを聞きながら入る露天風呂を設けている旅館が多い。アイヌ語の「エ・オロ・ウシ」(頭=山鼻がいつも水についているもの)、または「イ・オロ・ウシ」(それをいつも水に漬けているもの)が由来とされている。後者だとすれば、近隣のアイヌ民族の女性が繊維を作るため、シナノキやイラクサの皮を温泉水に漬けて柔らかくしていたことにちなんだものだろう。現在の正式な地名は「ようろううし」だが、地元周辺の人は「ようろうし」、「よろうし」等短縮して呼ぶ事もある。ホテル養老牛(開業1930年)、旅館藤や(開業1965年)、湯宿だいいち(開業1972年)の3軒の宿が存在する。温泉街から山側に入った所に無料混浴露天風呂「からまつの湯」が存在する。以前は温泉街から林道を5km走った先にあったが、近年新しい道道が作られ便が良くなった。発見は約300年前とされる。アイヌの人々が利用していた。大正3年に標津岳に入山した西村武重が温泉を発見し、6年がかりで温泉使用の許可を受けた後の大正9年、温泉旅館「養老園」を開業。しかし開湯当時は利用者がほとんどいなかったといわれる。昭和に入り標津原野が開拓されるに従い、湯治客が増加。昭和4年に根室町の坂本与平が「第一旅館」を、昭和5年(1930年)に小山卯作が「小山旅館」(現・ホテル養老牛)を開業。しかし、戦争激化により、昭和20年までに西村・坂本の各旅館が廃業。戦後は、小山旅館と第一旅館が営業を続ける。昭和32年に藤村敏一が「花山荘」を開業し、昭和40年に「養老牛青年の家」設立。時を前後して藤林テルが温泉旅館「藤屋」(現・旅館藤や)を開業。昭和47年に長谷川松美が、「第一旅館」を「大一旅館」(現・湯宿だいいち)と改めて開業。のち、湯宿だいいちが花山荘を買収、現在、養老牛温泉にはホテル養老牛・旅館藤や・湯宿だいいちの3つの宿があったが、平成26年(2014年)旅館藤やが経営者の健康上の理由から廃業し、平成28年10月現在宿泊施設はホテル養老牛と湯宿だいいちの2つになってしまった。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。