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阿知使主

阿知使主(あちのおみ、3世紀 - 4世紀頃、または5世紀前半)は、応神天皇時代の漢人系渡来人で、東漢氏の祖と言われる。阿智使主、阿知王、阿知吉師ともいう。『日本書紀』応神20年(289年)九月条には、「倭漢直(やまとのあやのあたひ、東漢氏)の祖阿知使主、其の子都加使主(つかのおみ)、並びに己が党類(ともがら)十七県を率て、来帰り」と伝わる。『続日本紀』延暦四年(785)六月の条によれば漢氏(東漢氏)の祖・阿智王は後漢の霊帝の曾孫で、東方の国(日本)に聖人君子がいると聞いたので帯方郡から「七姓民」とともにやってきたと、阿智王の末裔氏族東漢氏出身で下総守の坂上苅田麻呂が述べた。『新撰姓氏録』「坂上氏条逸文」には、七姓漢人(朱・李・多・皀郭・皀・段・ 高)およびその子孫、桑原氏、佐太氏等を連れてきたとある。「坂上系図」は『新撰姓氏録』第23巻を引用し、七姓について以下のように説明している。また、阿知王は百姓漢人を招致し、その末裔には高向村主、西波多村主、平方村主、石村村主、飽波村主、危寸(きそ)村主、長野村主、俾加村主、茅沼山村主、高宮村主、大石村主、飛鳥村主、西大友村主、長田村主、錦部村主、田村村主、忍海村主、佐味村主、桑原村主、白鳥村主、額田村主、牟佐村主、田賀村主、鞍作村主、播磨村主、漢人村主、今来村主、石寸(いわれ)村主、金作村主、尾張の次角村主があるという。漢人族は大和国今来郡、のち高市郡檜前(ひのくま)郷に住んだ。一時は9割が漢人族となり、漢人族の民忌寸、蔵垣忌寸、蚊屋忌寸、文山口忌寸らが天平元年(729年)から高市郡司に任ぜられた。蚊屋(かや)氏には蚊屋木間がいる。その後、摂津、参河、近江、播磨、阿波にも移住した。ほかに美濃、越前、備中、周防、讃岐、伊勢、三河、甲斐、河内、丹波、美作、備前、肥前、豊後にも住んだ。阿知使主の長男は都加使主、次男は坂上志拏直、三男は東漢爾波伎直。都加使主は子に東漢山木直がある。志拏直には、長男・坂上阿素奈直、次男・坂上志多直、三男の坂上阿良直、四男の坂上刀禰直、五男の坂上鳥直、六男の坂上駒子直、七男の坂上韋久佐直がいる。"※忌寸は「氏」と表記した。"鈴木靖民は、阿知使主は倭漢氏によって作られた渡来伝承上の人物で、子の都加も6世紀の東漢直掬を投影したものと指摘している。

出典:wikipedia

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