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東京楽天地

株式会社東京楽天地(とうきょうらくてんち)は、阪急阪神東宝グループに属する企業である。東京都墨田区錦糸町周辺で、映画興行や不動産業を営む。1937年(昭和12年)創業。市川市柏井町(船橋法典駅北方)に温浴施設『楽天地天然温泉法典の湯』、2006年4月にはオリナスの中に『TOHOシネマズ錦糸町』を開業した。1937年、錦糸町駅前に建設されたレジャー施設。江東劇場・本所映画館・リッツ劇場・キンゲキの映画館4館と遊戯施設、そして須田町食堂を誘致しまた吉本興業と提携した江東花月劇場を設置。戦後、構内にキャバレーを中心とした飲食店を配置。また1950年、構内に国営競馬場外馬券売場(現・ウインズ錦糸町)を誘致したことで、日本中央競馬会との縁が生じる。同年、江東花月劇場跡に松竹封切館の錦糸町映画劇場(のちに通称の「キンゲキ」が正式名称になる)を開場。1953年遊戯施設の楽天地会館・スポーツランドを開場して傍らに観覧車を開設。同年8月屋外遊戯施設とスポーツランド屋上を結ぶ空中ケーブルカー(ロープウェイ)を開設。11月にはパチンコ遊技場を改装して江東文化劇場を開場。12月には江東地下劇場を開場。1954年東宝洋画系のリッツ劇場と児童向け映画館のめばえ座を開場。1956年、楽天地天然温泉会館を開場。1961年には江東劇場を江劇ビルに、本所映画館を本所ビルにそれぞれ増改築して面目を一新した。また、東京吉本も隣接して1951年に大映封切館の江東吉本映画劇場(のちの江東東映)と1952年に松竹洋画系の江東花月映画劇場を相次いで開場したため映画館は9館を擁すようになった。1971年9月本所映画館を閉館してボウリング場に転換。
1981年から1986年にかけて再開発を行い全面改築。このとき、商業施設は系列の阪急百貨店ではなく、LIVIN錦糸町店を誘致した。社名に合わせて「東京楽天地」とも呼ばれ、現在はこの名前の方が通りが良い。1999年7月、それまで運営していた映画館「江東劇場」「本所映画」「リッツ劇場」「キンゲキ」「錦糸町スカラ座1・2」を8スクリーンのシネマコンプレックス方式に改装し「錦糸町シネマ8楽天地」としてリニューアルオープン。2006年4月、TOHOシネマズ錦糸町のオープンに伴い現館名に改称。4スクリーンに縮小し現在に至る。当館は原則入替制を採用しておらず、全席自由席となっている。このため、2日前からの座席予約を行っていないことに注意が必要である。座席数※サラウンドEX、DTSは全スクリーン対応。1952年、浅草寺の五重塔再建資金捻出のため、浅草公園六区の通称・瓢箪池を埋め立て、跡地の南半分を楽天地が取得。松竹系の牙城・浅草に東宝系が乗り込むことになった。当初は、大勝館の向かいに浅草宝塚劇場を設置。映画と実演の興行を行った。北半分は小規模の遊技施設を設置した遊園地となっていた。その後、前記遊園地を取り壊して浅草東宝劇場を設置。浅草宝塚劇場は1969年楽天地浅草ボウルに転換。1964年にオープンした東宝の邦画封切館。定員575人。末期には邦画の旧作をオールナイトで特集上映するなど、バラエティに富んだ企画も行っていた。ドルビーデジタル及びDTSは閉館まで一貫して導入していなかった。設備の老朽化などを理由に2006年2月13日閉館した。楽天地天然温泉法典の湯(らくてんちてんねんおんせんほうてんのゆ)は、東京楽天地が運営するスーパー銭湯。化石海水タイプの温泉を使用しており、露天風呂の一部の浴槽では源泉掛け流しを行っている。

出典:wikipedia

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