中村 彰(なかむら あきら、1916年4月7日 - 1969年12月9日)は、日本の俳優である。1916年(大正5年)4月7日、東京府北多摩郡巣鴨村大字池袋(現在の東京都豊島区池袋)に、成蹊学園創設者・中村春二の五男として生まれる。1929年(昭和4年)に東京高師附属小学校(現・筑波大附属小)、1934年(昭和9年)に東京高師附属中学校(現・筑波大附属中・高)を卒業。同級生には澄田智(第25代日本銀行総裁)がいた。第一高等学校を経て、東京帝国大学文学部美学科へ進学(父親の中村春二とほぼ同じ学校歴をたどる)。東京帝国大学在学中から、後に映画監督となる家城巳代治や堀川弘通、同じく後に映画評論家として活躍する登川直樹や清水晶と交流し、1940年(昭和15年)、大学を卒業と同時に東宝に入社した。同年、今井正監督『女の街』で俳優としてデビューする。戦前においては帝国大学出身者のみが「学士」と呼ばれており、東京帝国大学出身の中村彰は、正真正銘の学士俳優第一号として話題となった。戦時中は学士俳優として良家の紳士役やインテリ青年をおもに演じたが、戦後、新東宝に移籍してからはさまざまなジャンルの映画に出演した。1961年(昭和36年)の新東宝倒産後は徐々に俳優としての仕事を減らしていき、引退。晩年は成蹊大学図書館に勤務しながら成蹊学園史を執筆していた。1969年(昭和44年)12月9日、死去した。満53歳没。※日本映画データベース参照※キネマ旬報映画データベース参照
出典:wikipedia
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