グッバイヘイロー ("Goodbye Halo") はアメリカ合衆国の元競走馬、繁殖牝馬。ケンタッキーオークスなどG1競走を7勝している。デビュー戦を8馬身差で勝利したが、フリゼットステークスでは勝ち馬から20馬身離された8着と惨敗してしまう。しかし、次走のデモワゼルステークスで10馬身差の圧勝でG1初勝利を飾ると、翌年のラスヴァージネスステークスまで4連勝する。ちなみに、このラスヴァージネスステークスでは、後にケンタッキーダービーを勝ったウイニングカラーズをクビ差の2着に退けている。サンタアニタオークスでは逆にウイニングカラーズの3着と敗戦し、連勝もストップしてしまうが、続くケンタッキーオークスを制覇した。更にその後もマザーグースステークス、コーチングクラブアメリカンオークスとG1競走を連勝するが、アラバマステークスで再び連勝がストップ、続くG2・ラスパルマスハンデキャップも3着に敗れてしまう。連敗の流れを断ち切れないまま、陣営はブリーダーズカップ・ディスタフに出走する。この競走にはグッバイヘイローに加え、前述のウイニングカラーズ、無敗のまま挑んできたパーソナルエンスンも揃って出走し、非常に豪華な顔ぶれとなった。レース本番では、逃げ切りを図るウイニングカラーズにグッバイヘイローが食らいついている所を、外からパーソナルエンサインが差し切るといった、まさに三強の決着となった。結局グッバイヘイローはウイニングカラーズを捕らえることができず、半馬身差の3着に敗れるが、このレースは今でも伝説のレースとして語り継がれている。その後も現役を続けるが、11戦して3勝(うちG1競走1勝)に終わり、全盛期の力は発揮できずに引退、繁殖入りした。1990年の繁殖牝馬セールに出され、協和牧場の浅川吉男が210万ドルで落札、日本に輸入された。その後産駒から高松宮記念の勝ち馬キングヘイローを出した。現在は繁殖牝馬を引退し、協和牧場で功労馬として繋養されている。ちなみに日本に輸入される際、アメリカの名門競馬雑誌のブラッド・ホース誌に「SAYONARA Goodbye Halo(さよならグッバイヘイロー)」という特集が組まれ、引退式で日本に輸出される旨が伝えられるとブーイングが起こったことから、グッバイヘイローのアメリカでの人気が窺い知れる。
出典:wikipedia
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