


上荒田町(うえあらたちょう Uearata-Chō)は、鹿児島県鹿児島市の町名。旧鹿児島郡鹿児島近在荒田村、鹿児島市大字荒田。郵便番号は890-0055。人口は5,965人、世帯数は3,437世帯(2015年3月1日現在)。上荒田町の全域で住居表示を実施している。鹿児島市の中央部、新川下流域に位置している。町域の北方は中央町、上之園町、南方は郡元、唐湊、西方は田上、武、東方は荒田に接している。西部を南北に鹿児島市電2系統が通っており、町域内には中洲通電停、神田(交通局前)電停、市立病院前電停がある。西端では九州旅客鉄道の鹿児島本線と指宿枕崎線が合流しており、その付近に鹿児島車両センター(2011年に鹿児島総合車両所より改称)がある。南部には日本たばこ産業鹿児島工場があったが、2005年に閉鎖され、2015年5月1日に加治屋町にあった鹿児島市立病院と高麗町にあった鹿児島市交通局の電車施設が移転した。荒田という地名は鎌倉期より荘園名として見え、薩摩国のうちであった。建久8年の薩摩国図田帳の記述にあるのが初見であると考えられており、大隅正八幡(鹿児島神宮)領であったとされている。室町後期から戦国期にかけては荒田名と書かれるようになった。江戸期には薩摩国鹿児島郡鹿児島近在のうちで、村高は「天保郷帳」では1,317石余、「旧高旧領」では1,525石余であった。1879年(明治12年)に荒田村の一部から下荒田町(現在の下荒田の一部)が分立した。1889年(明治22年)に市制が施行されたのに伴い、鹿児島城下47町及び近在3村の区域より鹿児島市が成立し、江戸期の荒田村は鹿児島市の大字「荒田」となった。1911年(明治44年)には大字荒田の一部を鹿児島郡西武田村大字田上(現在の田上及び田上町)に編入し、同時に大字荒田の残部は大字から町となり「上荒田町」に改称した。1970年(昭和45年)に上荒田町の一部より中央町、翌年1971年(昭和46年)には荒田一丁目及び荒田二丁目、1973年(昭和48年)に下荒田一丁目から下荒田四丁目、1974年(昭和49年)には郡元一丁目から郡元三丁目に分割された。市立小・中学校の学区(校区)は以下の通りである。
出典:wikipedia
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