大坪 弘道(おおつぼ ひろみち)は、日本の元検察官。法務省保護局総務課長、大阪地方検察庁特別捜査部長、京都地方検察庁次席検事等を歴任していたが、大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件において、大阪地検特捜部当時の部下であった元副部長・佐賀元明及び元検事・前田恒彦とともに逮捕・起訴され、1審、2審ともに有罪判決を言い渡された。また、法務大臣からは懲戒免職の処分を受けた。鳥取県八頭郡智頭町生まれ。生まれ育った山間の町を出て鳥取県立鳥取西高校時代から下宿生活を送った。中央大学法学部卒業後、28歳で旧司法試験に合格し、最高裁判所司法研修所司法修習生に採用された。司法修習修了後は、当初弱者救済のための弁護士志望だったものの、中央大学の先輩の薦めで1984年検事に任官。同期に東京地検次席検事・堺徹、元東京地検特捜部副部長・北島孝久等。和歌山市長の汚職事件では、釈放間際に旅田卓宗から自白を引き出した。また東京地検特捜部検事時代に手がけたオウム真理教事件で、幹部の土谷正実からサリンの製造方法の供述を得るなど、大きな事件で重要な供述を引き出した。2006年には裁判所から判決で脅迫まがいの取り調べがあったなどと批判された。法務省保護局総務課長、大阪地検特捜部副部長を経て、2005年には神戸地検特別刑事部長に就任し、渡部完宝塚市長の収賄を摘発するなどの成果をあげた。2007年から京都地検刑事部長を務め、2008年には大阪地検特捜部長に就任。障害者団体向け割引郵便制度悪用事件などを手掛け、前田恒彦や上田敏晴を重要事件の主任検事に抜擢し重用した。2010年には京都地検次席検事に就任したが、大阪地検特捜部当時の部下であった前田恒彦が大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件において証拠隠滅の罪で、同年9月21日に逮捕された後、大坪は元特捜検事の最高検察庁公判部長・吉田統宏から任意の取り調べを受けた。当初は「あんなんが最高検の調べか」などと余裕を見せていたが、同年10月1日午後8時半に大阪高等検察庁総務部付に異動した後、およそ1時間後の午後9時47分に大阪高検庁舎内で逮捕された。容疑は、犯人蔵匿の罪であり、前記事件の捜査において、主任検事の前田が故意に証拠の改ざんを行ったことを知りながら、これを隠したとするものである。その後大阪地方裁判所の決定を得て、大阪拘置所で勾留され、自宅や京都地検の次席検事室の捜索が行われた。逮捕後に接見した弁護士に対しては「(自分が前田前検事に)プレッシャーを与えてこんなことになったのなら、本当に申し訳ない」と述べた。同年10月21日付で、法務大臣・柳田稔から懲戒免職の処分が発令され、その後大阪地裁に起訴された。2012年3月30日、大阪地裁は大坪に懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。大坪はこの判決を不服として、同日、大阪高等裁判所に控訴した。しかし大阪高裁は、2013年9月25日、大坪の控訴を棄却する判決を言い渡した。情熱的とされる一方、気分屋と評され「瞬間湯沸かし器」と呼ばれた。大阪地検特捜部長時代は、大坪とは対照的に温厚な性格で知られた副部長・佐賀元明とのコンビで動いた。任官当時、毎朝仕事前に冷水を全身に浴び気合いを入れて出勤していた。同僚や上司からの愛称は「つぼやん」。趣味はハイキングで花を観賞すること。逮捕後、大阪拘置所では弁護士から司馬遼太郎や相田みつをの著作の差し入れを受けた。拘留中も入浴時間の終わりに冷水を何杯を体に浴びせて、刑務官に声を掛けられたことを自著のなかで明かした。妻、二男、一女。
出典:wikipedia
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