横浜ビー・コルセアーズ(よこはまビー・コルセアーズ、)は、神奈川県横浜市を本拠地としてB.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチームである。神奈川県内初のプロバスケットボールチーム。チーム名の「ビー・コルセアーズ」(B-Corsairs)の「B」は「ベイ」などの頭文字、「コルセアーズ」は英語で「海賊たち」「海賊船団」を意味する。創設2シーズン目となる2012-13シーズンにプレイオフを制し優勝した。チームカラーは横浜の海と強さを表す濃紺(メインカラー)及び赤、白、金(ポイントカラー)。bjリーグが発足された当時より、神奈川県内ではbjリーグへの新規参入を目指す動きがいくつかあった。2010年4月1日、それらを一本化して、チーム運営会社となる横浜スポーツエンタテインメント株式会社を設立。8月26日、2011-12シーズンよりbjリーグに参入することが決定する。参入決定後、チーム名とチームカラーの一般公募を開始する。10月22日、横浜メディア・ビジネスセンターで行われたブースターパーティーでチーム名を発表。2011年1月21日、チームロゴを発表。初代HCにはレジー・ゲーリーが就任。日本人選手については久山以外を地元の神奈川県出身者で固め、外国人選手はマーカス・シモンズ、ジャスティン・バーレル、ファイ・パプ・ムールといったルーキーを中心に揃えた。10月8日、ホームの横浜文化体育館に前シーズン王者の浜松・東三河フェニックスを迎えて、参入初年度のシーズンが開幕。開幕戦はオーバータイムの末に敗れたが、2戦目で初勝利を挙げる。シーズン途中で前田陽介とドゥレイロン・バーンズが加入するも、3月下旬まで勝率は5割近辺で順位も中位だったが、レギュラーシーズン最優秀コーチを受賞したゲーリーHCによる戦術の浸透、レギュラーシーズンMVPを獲得したジャスティン・バーレルの活躍もあり、3月25日の千葉ジェッツ戦から4月29日の仙台89ERSとの最終戦まで9連勝を記録するとともに東地区2位に浮上してプレイオフカンファレンスセミファイナルのホーム開催権を獲得。カンファレンスセミファイナルでは秋田ノーザンハピネッツを降してファイナルズに進出し、カンファレンスファイナルでは東地区1位の浜松に敗れたが3位決定戦で京都ハンナリーズに勝利して初年度は総合3位となった。日本人全員とドゥレイロン・バーンズ、ファイ・パプ・ムールが残留し、トーマス・ケネディ(前岩手ビッグブルズ)、ポール・ビュートラック(前高松ファイブアローズ)が加入、昨シーズン練習生であった河野誠司も選手登録された。その後シーズン途中でビュートラックを豊田通商(JBL2)に放出し、ショーン・マロイ(前岩手ビッグブルズ)を補強。11月には横浜DeNAベイスターズの親会社であるディー・エヌ・エーとオフィシャルタイアップパートナー契約を結んだ。レギュラーシーズンは最終節まで新潟アルビレックスBB、富山グラウジーズ、岩手ビッグブルズとイースタンカンファレンス首位争いを演じた末、2位でのプレーオフに進出が決定。プレーオフ・カンファレンスセミファイナルでは3位の富山を破ると、カンファレンスファイナルの新潟戦では第4Q残り5秒52-52の状況からバーンズがブザービーターを決めてファイナルに進出。ファイナルでもライジング福岡を101-90で破り、参入2シーズン目、関東のチーム初のリーグ優勝を達成。MVPはファイナルで35得点をマークした蒲谷正之が受賞。レジー・ゲーリーHCが退任し、勝久マイケルが新HCに、青木勇人が現役を引退しACに就任。前シーズン在籍していた外国人選手全員と木村実が退団し、代わってマークゥィース・グレイ(前千葉)、ウェイン・マーシャル(前信州)、オマー・リード、堀川竜一(前富山)と契約して開幕を迎えた。外国人が開幕当初は3人しかいなかったため、12月にマーカス・シモンズが復帰した。シーズンは序盤から一進一退が続いた後、シモンズが復帰した2013年末に4連勝を記録して白星を先行させ、波に乗るかとも思われたが、直後の2014年1月の試合で4連敗を喫すると再び白星が先行することはなかった。シーズン後半は新加入の青森ワッツ、仙台89ERSなどとプレイオフ圏内の6位を争ったが、最終的にイースタン7位に止まり、創設3シーズン目で初めてプレイオフ進出を逃した。前シーズン優勝チームがプレイオフを逃したのは9シーズン目で初となる。勝久マイケルHCが続投、堀田剛司が現役を引退。兵頭健斗、オマー・リード、マークィース・グレイ、マーカス・シモンズが退団し、齊藤洋介(前信州、秦野市出身)、ウォーレン・ナイルズ、ジャーフロー・ラーカイが新加入した。シーズン前半はウェイン・マーシャルの故障離脱の影響などもあり、7連敗、12連敗を喫するなどプレイオフ圏外の順位に低迷。シーズン途中にカイル・マーシャル、西谷亮一が加入、兵頭健斗が復帰したが、何れも退団。カイルの退団後にカール・ホール(前信州)が加入した。チーム状態は持ち直したが、最終的にプレイオフ圏内の8位とは1.0ゲーム差のイースタン10位に止まり、プレイオフ進出を逃した。勝久マイケルHCが退任し、青木勇人ACが新HCに就任。齊藤洋介、久山智志、ナイルズ、ホール、ラーカイ、マーシャルが退団し、エマニュエル・ウィリス、コーリー・ジョンソン、ジョーダン・ヘンリケス・ロバーツ、兵頭健斗、稲垣敦、喜久山貴一が加入した。シーズン開幕後の10月にウィリスの契約を解除して再契約したホールと久山が復帰。前シーズン終了後に選手契約が更新されず練習生となっていた西谷亮一とは2月に再び選手契約を締結した。球団運営は、神奈川県バスケットボール協会の理事を務める廣田和生 が全株を保有する、横浜スポーツエンタテインメント株式会社(略称YSE)によって担われていた。しかしチームが好成績を収めているにも関わらず経営状態は思わしくなく、およそ1億2000万円もの負債を抱えていた。ジャパンタイムズは、チームを優勝に導いたゲイリーヘッドコーチとの契約を更新できなかったのも財政難に原因であり、チーム運営は危機的な状況であると報じた。YSEは2012-13シーズン終了後の2013年6月、廣田が保有している株式のうち51%をバディ企画研究所に、残り49%を公募にてそれぞれ売却し、また大手広告通信社に業務委託することを発表。チーム運営は大手広告通信社が担い、YSEはバディ企画研究所と共にバスケットボールスクール運営などに取り組むこととなった。日本人選手外国籍選手ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している通算最多試合出場最多連続試合出場最年少試合出場 #32 前田陽介 (23歳)最年長試合出場 #33 青木勇人 (38歳)1試合最多得点 ジャスティン・バーレル/38得点(2011/12/28 富山グラウジーズ戦)1試合最多リバウンド 1試合最多アシスト #13 山田謙治通算最多得点 #24 ジャスティン・バーレルシーズン最多得点 #24 ジャスティン・バーレルシーズン最高3ポイントシュート成功率 #73 久山智志 (36.2%)シーズン最高2ポイントシュート成功率 #2 ドゥレイロン・バーンズ (55.4%)シーズン最高フリースロー成功率 #3 蒲谷正之 (83.4%)最年少得点 #24 ジャスティン・バーレル最年長得点 #33 青木勇人1試合最多得点1試合最多失点 1試合最少得点 1試合最少失点最多連勝最多連敗と称し、物販ブースのビーコルグッズ販売、ブースターポイント加算、B-ROSEのパフォーマンスと、アウェーではあるがホームのような雰囲気を作り出そうというイベントも行う。海賊の少年「コルス」。ロゴマークに描かれた海賊「ミスター・コルセアー」の息子という設定。サンリオで数多くのキャラクターデザインに携わった百瀬博之のデザイン。
出典:wikipedia
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