市川 新十郎(いちかわ しんじゅうろう)は歌舞伎役者の名跡。当代は4代目。(慶応3年4月8日(1867年5月11日) - 昭和4年(1929年)7月1日) 本名、小山元之助。1874年(明治7年)九代目市川團十郎門人となり市川福之助と名乗る。同年江戸河原崎座で初舞台。1894年(明治27年)市川團七と改名。1899年(明治32年)4月、歌舞伎座で「勧進帳」の番卒、「妹背山婦女庭訓・御殿」の官女で三代目市川新十郎を襲名。名題に昇進する。小芝居から大歌舞伎などにかけて活躍し、名優の型や有職故実に詳しいことから日本俳優学校の講師となり歌舞伎界の御意見番として重きをなした。舞台では「伽羅先代萩」の外記、「助六」のくわんぺら門兵衛や道化役、あるいは歌舞伎十八番の後見など脇役として出演した。また、隈取りの保存にも力を入れ、大田雅光との共著による『歌舞伎隈取』は貴重な芸能資料である。(1969年 - )1990年に国立劇場第10期歌舞伎俳優研修を修了した後、1991年に12代目市川團十郎に入門し、市川新七と名乗る。1996年に国立劇場特別賞、2005年に日本俳優協会賞奨励賞を受賞。2008年、四代目市川新十郎を襲名。
出典:wikipedia
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