田中 刑事(たなか けいじ、ラテン文字: Keiji Tanaka、1994年11月22日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(男子シングル)。2011年世界ジュニアフィギュアスケート選手権2位。1994年、岡山県倉敷市にて、日本人の父と台湾人の母のもとに生まれる。正義感の強い子に育ってほしいとの思いから「刑事」と名付けられる。倉敷市立連島中学校・岡山理科大学附属高等学校(健康・スポーツコース)卒業、倉敷芸術科学大学在学中。尊敬するフィギュアスケート選手は、同じ倉敷市出身の髙橋大輔や、幼い頃から同じ試合に出ていた町田樹。同学年の羽生結弦、日野龍樹に対してはライバル意識を持っていると述べている。2001年、7歳の時にフィギュアスケートを始める。母親に自宅近くにあるウェルサンピア倉敷(現ヘルスピア倉敷)のスケートリンクに連れて行ってもらったことがきっかけだった。小学3年生頃より林祐輔コーチの指導を受けており、現在も週末は大阪に通っている。2004年から2007年まで全日本フィギュアスケートノービス選手権に出場したが、ライバルの羽生結弦、日野龍樹がそれぞれ2度優勝しているのに対し、田中は2位止まりであった。2007-2008シーズンにはエイゴンチャレンジ杯のノービスクラスで優勝。2008-09シーズンからはジュニアクラスに参戦した。2009-2010シーズン、全日本選手権に初出場し、8位入賞を果たす。第65回国民体育大会では、中学3年生にして少年男子の部で優勝。中学生での優勝は、2001年(第56回大会)の髙橋大輔以来の快挙であった。2010-2011シーズンよりジュニアグランプリシリーズ(JGP)に参戦、初戦のJGP ブラショフ杯で3位に入る。しかし続くJGP ジョン・カリー記念では6位に終わり、ジュニアグランプリファイナルの出場を逃した。全日本ジュニア選手権ではSPで19位と大きく出遅れるも、FS5位、総合9位となり全日本選手権に出場、全日本選手権では11位となり、世界ジュニア選手権の代表に選出された。世界ジュニア選手権は予選からのスタートとなったが、予選、SP、FSを通して全てのジャンプを着氷し、初出場ながら銀メダルを獲得した。2011-2012シーズン、ジュニアグランプリシリーズはJGPブリスベンとJGPオーストリアに出場し、ともに表彰台に上った。しかし、初出場となったジュニアグランプリファイナルでは、転倒こそなかったもののジャンプでミスが相次ぎ、最下位に沈んだ。ファイナルを前に出場した全日本ジュニア選手権では2位となり、2006年から6度目の出場にして初めてメダルを獲得。全日本選手権ではジュニア勢の中でトップの7位に入り、2年連続で世界ジュニア選手権代表に選出された。世界ジュニア選手権では、SP11位と出遅れたが、FSではシーズンベストを更新する演技を見せ5位、総合7位まで順位を上げた。2013-2014シーズン、ジュニアグランプリシリーズはJGPコシツェでシリーズ初優勝。JGPチェコスケートは4回転トウループを初成功し優勝した。ジュニアグランプリファイナルはSP首位に立つも、総合4位に終わった。シニアのISUチャンピオンシップス初出場となった四大陸選手権では17位。トリグラフトロフィーではシニアの国際大会で初優勝した。2014-2015シーズン、シニアクラスへ完全移行。ニース杯で銅メダルを獲得。グランプリシリーズに参戦し中国杯では8位だった。2015-2016シーズン、チャレンジャーシリーズのUSインターナショナルクラシックで銀メダルを獲得した。NHK杯では4回転サルコウを初成功。自己ベストを大きく更新し5位に入った。全日本選手権では、自己最高の4位。2年ぶりの出場となった四大陸選手権では、前回の17位から大きく順位を上げ、6位入賞を果たした。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。