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非政治主義

 広義での非政治主義とは、既存の政治体制の枠組みによらず主として非政治的発想及び手段によって現実を維持しあるいは変革しようとする思想、ないしは実際的活動を意味する。 読んで字の如くに「政治に非ず」という意味ではない。 そのうち、発想及び手段の内容によって歴史的に主に以下のような非政治主義が存在し、それらそれぞれの性質を狭義での非政治主義という。 ① シオニズム ―――紀元前、ユダヤ人によるイスラエルの回復を期した民族思想 イスラエル国の成立した現代においても継続されている。 ② キリスト教 ―――ローマ帝国による支配下のパレスチナ地方でイスラエル王ダビデの子孫であるとされるイエスによる、シオニズムの再推進の活動 ③ 新田開発 ―――日本の奈良時代、聖武天皇の命を請け仏僧行基が指導して行われた農地開発 ④ 鎌倉仏教 ―――日本の鎌倉時代に成立した大乗仏教の諸教派 法然を開祖とする浄土宗、親鸞を開祖とする浄土真宗、日蓮を開祖とする日蓮宗や臨済宗、曹洞宗といった禅宗などがある。臨済宗を開いた栄西は政治権力との共存を重視したとされ、非政治主義に含まれないとみる見方が強い。 ⑤ 織田信長 ―――日本の室町時代末期から安土桃山時代にかけて、事実上の支配権を得た武将。尾張国の大名として室町幕府を倒し、京に進出するが一定の体制を確立することができないまま明智光秀によって暗殺された(本能寺の変)。 ⑥ ジョージ・ワシントン ―――18世紀後期、英国から新大陸アメリカへ渡ったアングロ・サクソン人によってアメリカ合衆国が建国された。その初代大統領であるジョージ・ワシントンは建国当時まだ政党を組織せず、無党派で任期を務めた。 ⑦ 朝日新聞 ―――1879年大阪で創刊した日刊新聞で、1888年東京の大衆紙めざまし新聞を買収。近現代の日本で規模、影響力とも最も大きいメディア媒体であるとされる。新聞のほか、出版、放送及び各種サービス業を有する。 ⑧ ワイマール共和国 ―――1919年ワイマール憲法によって成立し、1933年まで継続されたドイツの政治体制 共和国と称しつつも教養市民階級による精神的啓蒙を重視した非政治主義的性質が強く、民主主義と平和を志向していたがアドルフ・ヒトラーの指導によるナチスの台頭を許し、崩壊した。 ⑨ フラワームーブメント ―――1960年代のアメリカで生まれ、自然回帰を唱えあるいは実践する思潮 当時行われていたベトナム戦争の反戦運動が発端となり、非政治的な自由、愛、非暴力の思想によって現実の変革を実現しようとする。ヒッピーとも呼ばれる。インドの独立活動家マハトマ・ガンディー(モハンダス カラムチャンド ガンディー)や英国のロックバンドザ・ビートルズの元メンバーであるジョン・レノンとその妻ヨーコ・オノはフラワームーブメントにおけるカリスマ的存在とされる。 ⑩ 新保守主義 ―――新保守主義の定義はまだ確立されていないが、広義では経済的自由を背景とした小さな政府による政治をさし、1980年代イギリスの首相マーガレット・サッチャーとその政治思想であるサッチャーイズムから2000年代日本の内閣総理大臣小泉純一郎までが新保守主義と呼ばれる。厳密には既存の政治体制の権威によらない保守的政治を意味し、必ずしも自由経済や小さな政府という政治思想に限定されない。そのような意味における新保守主義にはサッチャーのほか、1960年代日本の内閣総理大臣池田勇人とその派閥である宏池会、ドイツのキリスト教民主・社会同盟、カナダの進歩保守党やアメリカの元大統領ジョージ・ブッシュ父子(父:ジョージ ハーバート ウォーカー ブッシュ 子:ジョージ ハーバート ブッシュ)などがある。それらはしばしば官僚やカリスマ的閣僚によるエリート主義的支配を行う点で政治主義的であるともいえるが、その思想の源流は非政治主義的自由思想にある。 およそ一般的に知られるところの歴史上最も古い非政治主義であるシオニズムはエジプトなど外国の支配からの解放を求めることから始まり、それが再推進されたイエスの時代のパレスチナもやはりローマ帝国による支配からの解放を求めることから始まったものであった。よって、非政治主義の本質の一つには自主独立という命題が挙げられる。 しかしながら、それらはしばしば実際上の紛争や体制の転覆とは結びつかず、イスラエルは第二次世界大戦後に至るまで国家としての独立は実現されなかったし、キリスト教は6世紀末教皇グレゴリオ1世(グレゴリウス1世)の時代にローマ帝国の国教とされ、和解することによってその地位を認められた。 紛争によって独立を実現したのは前出の非政治主義の例の中では唯一アメリカ合衆国の独立だけである(1775年アメリカ独立戦争)。それを除いては非政治主義的独立活動の多くは外国による支援(イスラエル)や既存の政治体制への編入(キリスト教)、あるいは非暴力活動(インド独立)によってその目的を実現してきた。そのような観点からみれば、日本の鎌倉仏教の一つである臨済宗もローマ帝国への編入によってその地位を得たキリスト教と同様に非政治主義的であるとみることもできる。 新保守主義における日本の宏池会やアメリカのブッシュ父子も、それぞれ自由民主党や共和党といった既存の政治体制への編入によって権力を得ている。 ブッシュ父大統領がアメリカを治めていた1990年代初期、非政府機構(NGO)によるさまざまな社会分野での改革活動が世界的に盛んとなった。とりわけ注目を集めたのは日本政府による開発途上国への経済支援政策である政府開発援助(ODA)に対抗して民間で組織されたNGOによる開発途上国支援活動であり、当時朝日新聞などのメディアはそのような非政治主義的活動の広がりを評価していた。 また、1990年代後半にはさらに多くの分野において非営利機構(NPO)の活動が盛んとなり、当時発足した日本の民主党の政治勢力の拡大にも影響力を持つこととなった。 NPOによる諸活動は非政治主義の本質とは異質であるとする見方も存在し、その評価は必ずしも一定ではない。一つ大きな異質性として考えられるのはそれらが初めから既存の政治体制の権威の中で成立し、自主独立を志向したものではないということである。NPOが依存している既存の政治体制及びその権威とはいわゆる戦後民主主義と呼ばれる自由民主党による一党支配体制(55年体制)である。しかしながら、NPOが必ずしも戦後民主主義及び55年体制に依拠した潮流であるとはいえず、およそ大きな政治体制の変更は考えられないものとなった現代に特有の生活保守的な傾向であるにすぎないとみることもできる。 日本の保守評論家西部邁は、自主独立の志向が生活保守の流れに取り込まれることによって成立したのがアメリカの共和党であり、共和党を保守本流の政党とみなすアメリカ政治は本質的に左翼国家である、と度々述べている。その指摘は真実を得ているとはいうものの、ローマ帝国の共和制に大きな例をみるように古くから既存の政治体制とは生活保守を目的とした政治主義をその本質としている。日本の自由民主党による一党支配体制もやはりそのような政治主義の本質に沿ったものであると考えられる。 但し、近年とみに論じられるところとなった新保守主義に関しては、そこに生活保守的政治主義が含まれて論議されることが多分にあり、政治概念と思想概念の混乱がしばしばみられる。自由経済や小さな政府といった政策上の要件があれば新保守主義であるとみなすことには大きな問題があるという論議もまた日本にも海外にもある。 政治主義においては当然のごとく存在するとされるのがエリート主義であり、科挙によるシナ(中国)の官僚制はその代表的な例といわれる。 しかし、非政治主義もまた、しばしばエリート主義を以てすることがある。 イスラエルにおけるエリートとはとりもなおさずダビデ王であり、また、神の言葉を預かり民にそれを告げ知らせる預言者らであった。キリスト教においてはその始祖であるイエスが弟子のペテロを指導者として任じ、ローマ教会における初代司教であるとされる。司教制とはまぎれもなくエリート主義である。中でもとりわけキリスト教信仰の基礎を形成した者は教父と呼ばれる最大級のエリートである。 ワイマール共和国はドイツの大学に関する思想を確立したフンボルトとそれに依拠した教養市民階級によるエリート主義国家であった。ドイツの政党であるキリスト教民主・社会同盟もワイマールの思想を受け継いでいる。 宏池会からは従来、池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一の4人が内閣総理大臣に選ばれたが、鈴木を除きいずれも大蔵省の官僚が出身であった。宮澤喜一の後継として2005年から谷垣禎一が宏池会の代表となり、2009年民主党への政権交代により野党となった自由民主党の総裁となった。 ブッシュ父子はその政権においてコリン・パウエルやドナルド・ラムズフェルド(ドナルド ヘンリー ラムズフェルド)をそれぞれ国務長官、国防長官に任命し、カリスマ的エリート閣僚による統治を重視した。パウエル、ラムズフェルドは湾岸戦争(1989年)及びイラク戦争(2003年)も相俟って日本などでも広くその名を知られ、さまざまな意味でアメリカ国家を象徴する人物であると評された。 非政治主義がしばしばエリート主義であるのは、自らが既存の政治体制とその権威に与する者ではないがゆえに、その集団的存在感のみによって人心を掌握することができないことによるものであると考えられる。集団的存在感とは、例えば「ローマ帝国」や「自民党」などと言った時に漠然と想起されるイメージ、あるいはステロタイプのことである。企業においても、『気になる木』の歌で有名な日立グループや「もっと楽しく感じるままに――技術の日産グループ」のテレビCMなどは集団的存在感に訴える戦術の代表的な例である。 非政治主義が人心を掌握するにはその代表者の他にも有能かつ個性的な人物を参謀などに据え、そのメッセージ性を暗示しあるいは明示することを必要とするのである。ワイマール共和国が長期に亘る継続をみなかった原因として考えられるのがカリスマ的エリートに乏しかったことである。教養市民階級は特定の個人をカリスマ的エリートとすることがなかったがゆえに国民を掌握することができず、ナチスのアドルフ・ヒトラーがその欠乏を埋める存在として台頭したと考えられる。 現代にあっては政権が独自にカリスマ的エリートを据えることがなくとも民間の芸能人やスポーツ選手、あるいは企業経営者などがその役割を果たすことができるので、既にテレビ放送が普及した池田勇人政権以後の日本では、政治主義が主流を占めてきたことも相俟って非政治主義的政権においてもカリスマ的エリートは重視されてこなかった。 2000年代小泉政権時代の日本において、インターネット情報サービスのコングロマリット企業であるライブドアの経営者であった堀江貴文がラジオ局であるニッポン放送やプロ野球球団である大阪近鉄バファローズの株式買収を図り、一種のカリスマ的存在として支持あるいは攻撃されたことは政治指導者としての小泉純一郎とその下にあるカリスマ的エリートとしての堀江貴文という構図で、同時期イラク戦争を行い、また”テロとの戦い”を掲げてアラブのテロ集団アルカーイダと対立したアメリカのブッシュ-ラムズフェルド政権の非政治主義的政治に対する否定的(ネガティブ)なパロディとして捉えることができる。 小説や詩などの創作文学や宗教を除き、非政治主義に基づいた思想を提唱したとみなすことができる思想家には以下の者がいる。○ジョン・ロック ―――17世紀英国の思想家であり、『社会契約説』を提唱した。人間は各々固有の経験を有しており、国家社会はそのような個人の相互契約によって形成されるとする。古典派経済学の形成にも大きな影響を与えた。○アダム・スミス ―――18世紀英国の経済思想家であり、『諸国民の富(国富論)』によって労働価値説を定義した。後のカール・マルクスの思想にも影響を与え、スミスは非政治主義的自由主義、マルクスは政治主義的自由主義の祖と位置付けることができる。現実には自由主義資本経済が近代国家主義の経済的側面を形成し、その政治的側面をなす社会主義と不可分となったことからスミスの思想を政治主義とみなすこともできる。○フリードリヒ・ハインリヒ・アレクサンダー・フォン・フンボルト ―――19世紀ドイツの地理学者 専門の思想家ではないが、学問における方法の斬新さで広くヨーロッパに名をなし、ドイツにおける学問と教養の祖とされる。○ハンナ・アーレント ―――20世紀アメリカの思想家 無宗教的社会民主主義の家庭で育ったが、ベルリン大学で聴講したキルケゴールによる神学の講義を通して宗教性を得る。その後マールブルク大学でマルティン・ハイデッガーに師事し、哲学を学んだ。ナチスによるユダヤ人迫害から逃れるためフランス、そしてアメリカへ亡命。アメリカで『全体主義の起原』などを著し、個人主義に基づく政治思想を展開した。

出典:wikipedia

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