管楽器のための交響曲(かんがっきのためのこうきょうきょく、"Symphonies d'instruments à vents, in Memoriam C. A. Debussy")は、イーゴリ・ストラヴィンスキーが1920年に作曲した演奏会用の楽曲で、木管楽器と金管楽器のために作られた。単一楽章の作品で、演奏時間は約9分である。1918年に他界したクロード・ドビュッシーの追悼に捧げられており、1921年6月10日にロンドンにおいて、セルゲイ・クセヴィツキーの指揮のもと初演された。師リムスキー=コルサコフの《歌劇「金鶏」からの行進曲》に続いて演奏されたが、壮麗なリムスキー=コルサコフ作品の後というのも災いして、ロンドン初演は大失敗に終わった。原題を日本語で直訳すると「ドビュッシーを追憶しての管楽器のサンフォニー」である。日本語では本記事名のように交響曲と訳され、またそのように分類することもあるが、単一楽章の作品にもかかわらず語尾が複数形であることは注目に値する。題名にストラヴィンスキーは“symphonies”という語形を用いて、本作が交響曲形式による試みではなく、むしろギリシア語に遡る「共に鳴り響くもの」という、より古い、より幅広い意味の試みであることを示そうとしたからである。また題名は、フランス語で“Symphonies d'instruments à vents”、英語で“Symphonies of Wind Instruments”となっており、「管楽器のための」と訳すことも不適切である。したがって、《管楽器のための交響曲》という日本語訳は、全体として誤訳であると言って差し支えない。ただし、広く通用している題名でもあるため、本記事ではこれを用いている。楽曲は、ロシア民謡の要素を取り入れており、「3つの異なるが、だが互いに関連のある速度による対照的なエピソード」から構成されている。バレエ音楽《春の祭典》にも見られるような、ロシアの民族音楽を連想させる不規則なリズム構造と旋法的な響きで満たされている。華やかだが気まぐれなファンファーレと、遅くしめやかなコラールの交替で曲は進行する。終結部の短いコラール部分は元来、音楽雑誌『ラ・ルヴュ・ミュジカル("La Revue musicale")』の「追悼クロード・ドビュッシー(仏語:"Le Tombeau de Claude Debussy")」と題した号の巻末において発表された。同誌には、ほかにモーリス・ラヴェルやマヌエル・デ・ファリャがドビュッシーへの追悼作品を寄稿した。コラールは、「追悼」号においてピアノスコアの体裁で出版されたが、ストラヴィンスキーはこれを発展させて《管楽器のサンフォニー》を木管楽器の合奏曲として構想し、その直後に全体の作曲に取り掛かった。完成は1920年末であった。題名通り、管楽器のみの編成のために書かれている。1945年から1947年にかけて改訂が行われ、和声や編成などに変更が加えられている。オランダのフランク・シェファーによって、「管楽器のための交響曲」のロバート・クラフトによる解説とリハーサル模様を組み合わせた約50分のドキュメンタリー「The Final Chorale」(1990) が作られた。
出典:wikipedia
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