栄養分析表(えいようぶんせきひょう)は1951年10月発行の、爆弾の製造方法を記した教本である。徳田球一らが北京に亡命して指導していた「日本共産党臨時中央指導部」は1951年、第5回全国協議会(五全協)において「軍事方針」と呼ばれる武装闘争路線を採り、軍事委員会を設け中核自衛隊や遊撃行動隊などの武装組織をつくり、全国で派出所襲撃、火炎瓶闘争などの暴力的破壊活動を行った。この破壊活動に使用する時限爆弾やラムネ弾、火炎手榴弾、タイヤパンク器などの製造方法を記した本を発行し、当局の目を逃れるため書名を「栄養分析表」とし、発行元の名を「厚生省衛生試験所」と偽って発行した。本ではその理念として「軍事科学を発展させ、広汎強力な国民武装を実現するため(中略)我々の軍事科学は正しく発展し、敵にうちかつ国民武装を作り上げる」とする。日本共産党は1955年の六全協(第6回全国協議会)の会議で武装闘争を放棄したが、「栄養分析表」はその後も非共産党系革命諸組織において武器製造の参考書籍とされた。同様の性質をもつ文書に、「球根栽培法」と称されるものがある。
出典:wikipedia
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