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フォード・RS200

フォード・RS200("Ford RS200" )は、1984年から1986年までフォードにより製作されたミッドシップ四輪駆動自動車である。この時期のラリーカーとしては珍しい流線型のフォルムをしている。RS200は世界ラリー選手権(WRC)に参戦するためグループB規定に則って作られた。設計は、ルマンにも出場したSWC用グループCマシントヨタ・TS010を始め、数多くのF1マシンやレーシングカーの設計を手がけたことで知られるトニー・サウスゲート、ボディデザインをフォードの支配下にあるカロッツェリア・ギアが担当した。当時のグループBカーは総じて発売されている市販車を踏襲したデザインであったが、RS200はデザインも名称も市販車にはない専用のものである。他に同様の車としてランチア・ラリー037があるが、デザイン自体はランチア・ベータ・モンテカルロがベースであることを考えると、RS200は市販車と名称やデザインに一切の関連性がない唯一のグループBカーといってよい。アルミハニカムモノコックによる高剛性シャシーを持つ。アルミハニカムモノコックはセンターセクションだけでなく、エンジンベイ・前後サスペンションアーム取り付け部まで伸びて車体全体を支えている。鋼管サブフレームは前後サスペンションダンパー上部など車体上部の追加構造物として使用されているが、エンジンの支持はしておらず、エンジンはモノコックから左右のエンジンマウント・クラッチ部の3点支持で固定されている。ドライサンプ化されたエンジンは4WDのプロペラシャフトを避けるために進行方向左側にオフセットし限界まで低く搭載されている。ターボユニットを含めたエンジン部の重量バランスと重心位置低下のためにエンジンは右20度斜めに傾けて搭載されている。ボディカウルに関しては金属類はほとんど使わず、ガラス繊維強化プラスチックによって成型されている。エンジンはコスワースBDAをベースにギャレット製ターボを装着したBDTという水冷式直4DOHCエンジンで、排気量は1,803cc。過給器係数を掛けて2,524.2ccとなり、2,500cc以上3,000cc未満のクラスに位置づけられる。この排気量はエボリューションモデルでの排気量追加を意図した設定と考えられる。BDAベースではあるが、ヘッド、ブロック、クランク、クランク支持部分構造に至るまで専用設計となっており、パーツ単位の互換性はほとんどない。市販車は250PS、300PS、350PSの3タイプが供給された。ワークスカーは450PSと発表されている。RS200Eと呼ばれる競技用モデルの排気量は、過給器係数1.4を掛けて3リッター未満となる2.1リッターとなっている。このエンジンはBDT-Eと呼ばれるが、コスワースエンジンのチューンで実績のあるブライアン・ハートで製作された。高出力に対応するためエンジンブロックは鋳鉄で作成されており、BD系唯一の非アルミエンジンとなっている。しかしながら、このモデルはホモロゲーションに間に合わなかったため実戦では使用されていない。トランスミッションはZF製5速マニュアルトランスミッション。ケース素材はマグネシウムとなっている。インプットシャフト・アウトプットを上部に集めた低重心設計となっており、トランスミッションはほぼホイールセンターより低く搭載されている。サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーン式で、ラリー競技中の高い負荷に対処するため、全てのサスペンションがツインダンパー・ツインスプリング化されている。また、フロント部とリア部ロワアームに関してはアルミモノコックと繋がっているが、フロント部のダンパーは前部サブフレーム、リア部のアッパーアームとダンパーは後部サブフレームに締結されている。また、アーム類はピローボールではなくゴムブッシュを介して締結されている。RS200のメカニズム的特徴は前後の重量比を50対50とするためにギアボックスを前方に置いている世界初のミドシップ・トランスアクスル式4WDシステムにある。ちょうどFRトランスアクスルが前後逆になった格好であり、このため2本のプロペラシャフトが往復するという特異な構造になっている。4WDの動作モードとして、動力配分をコントロールするモードが3つ用意されている。前37対後63の比率で駆動力を配分するモード、センターデフをフルロックし直結4WDとするモード、最後にフロントに一切のトルクを供給しない後輪駆動モードがある。これは四輪駆動によるアンダーステアを嫌った、言い換えれば回頭性能や運動性能を重視した舗装路ラリー専用のモードで、他のラリーマシンにはないユニークな制御ロジックを採用している。しかし実戦では2WDモードは使われず、また2WDモードでもフロントLSDは健在のためアンダーステア傾向は残った。ロードカーではこのモード切り替えレバーはオプションであり、多くの個体は37:63配分のフルタイム4WDのみで供給されている。なお、日本には十数台のロードカーが存在するとされており、四国自動車博物館にも展示されている。1985年、まずはテストとしてイギリス国内ラリー選手権に投入の後、結果を残した上で同年の世界ラリー選手権最終戦への参戦を予定していたが、グループBに参戦の必須条項である、「連続する12ヶ月以内に200台以上の生産をすること」を達成できなかったため、RACラリーの出走はできなかった。その後も主にハートのエンジン開発の遅れから結局20台のエボリューションモデルのホモロゲーションを取得できず、フォードはロードカーベースのRS200でのWRC参戦に踏み切った。2.1リットル/650PSで臨む予定だったエンジンは、規定上僅かの差で2.5リットル以上のクラスに入ってしまう1,803cc/450PSのままの参戦となった。ほぼ同排気量のランチア デルタS4や、プジョー 205T16が2,500cc以下のカテゴリになり最低重量が890kgであった一方で、RS200は3,000cc以下のカテゴリとなり最低重量が960kgと70kgもの重量増を課せられた。またエボリューションモデルで予定されていた軽量な内外装が認可されなかった結果、ワークスカーですらスペアタイヤキャリアはそのまま、車内もロードバージョンと同じダッシュボードを使用していたことが写真で確認でき、ライバル車に比べ大幅に車重がかさんだ。RS200はグループBは悲運の連続であった。1986年、伝統の開幕戦ラリー・モンテカルロにも出走できず、ようやく第2戦スウェディッシュラリーにはどうにか参戦できたものの、今度は調整不足による信頼性の低さが露呈して、エンジントラブルが発生した。第3戦ポルトガルラリーでは、コース上の観客を避けたところ逆に客席に突っ込み、40人以上が関係する死傷事故を引き起こしてしまう。この事故を引き金にフォードワークスは一時撤退、後日アクロポリスラリーとRACラリーにワークス体制で出場したが芳しくなく、グループBでの選手権は同年で終了したため、RS200が世界ラリー選手権の場で結果を残すことはできなかった。1986年RACラリー終了後、英AutoCar誌による測定でRS200ワークスカーは0-60mph加速2.8秒を記録している。またRS200Eは2.1秒という記録を持ち、当時の世界最速の車としてギネスブックに掲載された。翌1987年ヨーロッパ選手権ではグループB規定が有効だったため、RS200は前年と違い活躍を見せ、年間19勝を記録している。またRS200Eは2004年Mach 2 Racing Teamからパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムのアンリミテッドクラスに出場、かつてワークスRS200のステアリングを握ったスティグ・ブロンクビストによって優勝している。なお2008年にも同チームのパイクスピークへの出場が予定されていたが、反古となり、翌年に英国エイボンタイヤを装着した1,150PSもの大出力仕様で出場した。

出典:wikipedia

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