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1973年の日本シリーズ

1973年の日本シリーズ(1973ねんのにっぽんシリーズ、1973ねんのにほんシリーズ)は、1973年10月27日から11月1日まで行われたセ・リーグ優勝チームの読売ジャイアンツとパ・リーグ優勝チームの南海ホークスによる第24回プロ野球日本選手権シリーズである。読売ジャイアンツ(川上哲治監督)と南海ホークス(野村克也監督(捕手兼任))との対決。パ・リーグは1973年シーズンより2シーズン制を導入、南海はプレーオフで阪急を撃破した勢いがあった。一方の巨人は2位で迎えた10月22日の最終戦の勝利で優勝を決め、66勝60敗4分という低勝率。日本シリーズに強い長嶋茂雄を負傷で欠いていた。巨人が4勝1敗で南海を破り9連覇を達成。第1戦は江本孟紀の好投などで南海が勝ったが、第2戦から巨人が4連勝。シーズンは12勝17敗、防御率4.52と不振だった堀内恒夫が日本シリーズで復調。堀内は打撃でも第2戦では延長11回に決勝打、第3戦では2本塁打を放ち、MVPに輝いた。巨人はシリーズでは投手は高橋一三、堀内、倉田誠の3人のみの登板で乗り切った。一方、南海はシリーズのチーム打率.185で当時のシリーズ最低記録と、2007年で日本ハムが.147と更新するまでのワースト記録をマークした。巨人は翌1974年シーズンはリーグ優勝を逃し、連覇が途絶えた。以後巨人の日本シリーズ連覇はこの年を最後に出ていない。○南海 4-3 巨人●(大阪球場)土井正三の2ラン本塁打で先制した巨人は1点を返されたものの、8回森昌彦の本塁打で再び2点差とした。しかし8回裏、南海が桜井輝秀の押し出し四球で1点差に詰め寄りなお満塁の場面で藤原満が2点タイムリー安打を放ち、逆転。江本孟紀は9回も2安打で一死一・二塁のピンチを迎えるが、後続を抑えて完投勝利。公式記録関係(日本野球機構ページ)●南海 2-3 巨人○(大阪球場)桜井のタイムリー安打で南海が先制点を挙げたが、巨人は4回、投手の倉田誠の同点タイムリー安打、6回には上田武司の本塁打で逆転した。南海は7回、2つのヒットと四球で無死満塁と倉田を攻めた。この場面で巨人は堀内恒夫をリリーフに送る。堀内はウィリー・スミスに犠牲フライこそ許したものの、続く桜井を投ゴロ併殺に仕留め、1失点にとどめた。巨人は、延長11回に再び投手の堀内が決勝タイムリー安打で勝ち越して、対戦成績を1勝1敗のタイに持ち込んだ。公式記録関係(日本野球機構ページ)○巨人 8-2 南海●(後楽園球場)巨人は先発の堀内が打撃面でも大活躍。3回に松原明夫からソロ、6回にも中山孝一から、2ランと2本の本塁打を打った。投手面では、9回にも1点を許したが、この2失点だけで完投勝利。稲尾和久に並ぶシリーズタイ記録となる通算11勝目を挙げた。公式記録関係(日本野球機構ページ)○巨人 6-2 南海●(後楽園球場)1回裏、巨人は高田繁の四球、クラレンス・ジョーンズの失策でつくった好機から、末次利光、柳田俊郎のタイムリー安打で2点をあげ。一死後、富田勝の内野ゴロの間に三塁走者を還して3点目とした。さらに、巨人は、2回の4点目もジョーンズのタイムリー失策であげ、南海先発の江本は4失点ながら自責点ゼロでの降板となった。8回の6点目も失策がらみで、南海の6失点中、自責点がついたのは5回の1点だけだった。公式記録関係(日本野球機構ページ)○巨人 5-1 南海●(後楽園球場)1回表門田博の犠牲フライで南海が先制したが、巨人は、その裏に王の逆転2ラン本塁打。3回には黒江透修のタイムリー安打、7回には末次のタイムリー安打と王の犠牲フライで2点を追加し、5-1とし、シリーズ制覇を決めた。公式記録関係(日本野球機構ページ)

出典:wikipedia

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