" (ジュスィ・シャルリー、訳:シャルリーを支援します)は、フランス・パリにある風刺週刊誌の「シャルリー・エブド」本社で12人が死亡した2015年1月7日のテロ事件後、表現の自由を支持する人たちによって掲げられたスローガンである。テロで亡くなった犠牲者への連帯を示すものから転じて、広義では表現の自由への支持や武力行為への反対を意味するものとなっている。ジャーナリストの一部はこのスローガンを自己表現の自由を求める叫びと捉えている。。Twitterで発信されたのを期に、このスローガンはインターネットを通じて、世界中に広く拡散した。テロ攻撃後まもなく閉鎖されたシャルリー・エブド紙のウェブサイトでも、サイト復活後に、背景色を黒にした「」という文が掲載されている。この表現はあらゆるところで引用され、Twitter上ではハッシュタグ 「」や「」が生成されて拡散、追悼集会やデモ行進では、この表現を元にした手作りのプラカードやシールを掲げる人や、携帯画面に「」を表示しキャンドル代わりにする人も現れた。またニュースサイトを中心とした世界中の多くのウェブサイトでもこの表現が用いられている。テロ攻撃の2日後には、このスローガンはTwitter史上、最も使用されたハッシュタグの一つとなった。1月12日、「(全て赦す)」という見出しの下に「」と書かれたカードを持った預言者ムハンマドが描かれたシャルリー・エブド紙の表紙絵が公開された。テロ事件から1週間後の1月14日に発行されている。「"Je suis Charlie"」が広まったのは、フランス人のジャーナリストであるジョアシャン・ロンシャン(仏: Joachim Roncin)のTwitterへの投稿がきっかけである。彼は「"Je suis Charlie"」と書かれた画像を制作し、テロ攻撃があった約1時間後にTwitter上に投稿した。地元のスタイリスト誌では音楽・美術部門も担当しているロンシャンは、このイメージ画像を作った理由を「言葉だけでは伝わらないから」と述べている。さらに彼は「"Je suis Charlie"」のスローガンは彼の息子によく「"Où est Charlie"(シャルリーはどこ?:仏版『ウォーリーを探せ』)」を読み聞かせていたことが影響して、自然と頭に浮かんだフレーズであったことを明らかにした。。今回の「"Je suis Charlie"」は、過去の多くのスローガンと同様に、犠牲者との即時的な連帯感を呼び起こす機能があると報じられている。たとえばアメリカのオンラインニュースサイト「」のライターであるアマンダ・ヘス(Amanda Hess)は、「私は」や「我々は」という言葉を用いたスローガンを通して「我々は、犠牲者のアイデンティティーと同化し、共感や怒り、そして恐怖を表現している」と記した。またフランスの多くのメディアが「今夜、我らは皆アメリカ人だ (仏: "Ce soir, nous sommes tous Américains") 」というフレーズとの類似性を指摘している。これは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ発生時、当時テレビ局「France 2」のレポーターであったニコール・バシャラン(Nicole Bacharan)が夕方のニュースで述べた台詞である。この台詞は当時フランス国内で話題を呼び、翌日発行された仏紙ル・モンドの表紙の一面を飾るほどであった。同様に連帯感を生んだフレーズとして、冷戦時の「私はベルリン市民である(独: "Ich bin ein Berliner")」という言葉が比較としてあげられている。これは1963年6月26日、ドイツの西ベルリンで開催されたベルリン封鎖15周年を祝うセレモニーで、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が述べた台詞である。ほかにもメディアでは、スパルタクスの反乱を描いた小説を元にした1960年の米映画「スパルタカス」の劇中で、スパルタカスを守るために仲間たちが次々と発する「私がスパルタカスだ!」という有名な台詞を引き合いに出したり、2011年〜2012年の「ウォール街を占拠せよ」運動における「私たちは残りの99%だ("We are the 99%")」や2012年のフロリダ州黒人少年射殺事件での「私がトレイヴォン・マーティンだ("I am Trayvon Martin")」、2014年のニューヨーク州黒人青年窒息死事件での「息ができない("I can't breathe")」などの近年使われたスローガンやハッシュタグと比較したりしている。ツイッターの関連ハッシュタグは犠牲者への同情を表現するだけにとどまらず、テロ攻撃から数時間のうちに、ジャーナリストたちの間で報道への検閲や脅威についての話題を出す際にも用いられた。「」のソフィ・クリーマン(Sophie Kleeman)は「#JeSuisCharlieは明白なメッセージを示している:憎しみや暴力による脅威のあるなしに関わらず、ジャーナリストもそうでない人も叫ぶことをやめてはならないということだ。2012年にシャルブが自身の事務所を爆破された事件の時の言葉を引用すると『私には妻や子どもはおろか飼い犬さえいない。私は逃げも隠れもしない』」と記している。報道に関する博物館「ニュージアム」のCOO兼「合衆国憲法修正第一条センター (First Amendment Center)」のシニア・バイス・プレジデントのジーン・ポリチンスキー (Gene Policinski) は、映画「ザ・インタビュー」の公開を巡る北朝鮮の攻撃や、ISILによるジャーナリストの処刑などの昨今の事件は、表現や報道の自由を脅かすものであり、今回のテロ事件もその一つであると捉える見方を示している。同時にポリチンスキーは、そういったテロ攻撃で言論統制の圧力をかける行為は、むしろ表現や報道の自由に対する人々の関心や支援を促しているとし、「皮肉なことに、ジャーナリストや著者など多くの人々の報道の自由に圧力をかけるほど、その圧力に対抗できるのは、合衆国憲法修正第一条が保証する『表現の自由』や誤った思想は淘汰される『思想の自由市場』など、報道の自由に基づく考えであるということを広める結果となっている」、「アメリカでは220年以上もの間、合衆国憲法修正第一条に記された45の単語を元にして、国の自由の根幹を占める信条・言論・報道・集会・請願の権利を定めてきた。この権利を宣言する新たな世界共通語がこの度生まれた:それが#JeSuisCharlieである」と述べている。ジャーナリストのピーター・ベラ (Peter Bella) によると、2014年には100人以上の報道関係者が「仕事中に」殺されており、彼らの多くが「ジャーナリストだから」という理由で処刑されている。ベラは「『私はシャルリーだ』というTwitterのハッシュタグは『シャルリー・エブド』を支持するためだけでなく、その犠牲者や報道・言論・表現の自由を支持する意味も含まれている。すなわち『私はシャルリー』は『あなたもシャルリー』であり、『我々皆がシャルリー』である」と述べている。一方で、シャルリー・エブドで殺されたイスラム教徒の警官のアーメド・ムハベに関するjesuisahmed「私はアーメド」というハッシュタグで連帯意識を高めるために使用する者もいる。1月9日に4人の人質が死んだと報告されるヴァンセンヌのスーパーで起きた人質事件の後、スローガンのJe suis Hypermarcherはその場所の名を冠してウェブサイトに掲載された。フランスの右翼活動家は、西暦732年にイスラム侵入を破ったフランク王を元にスローガン"Je suis Charlie Martel"を採用した。ユダヤ人の上部機構CRIFの幹部ロジャー・クーキエマンはソーシャルメディアでハッシュタグ "IamKouachi" を使っていたシャルリー・エブド襲撃の支持者に対してそれは「殺人についての謝罪」だと弁明した。反抗するハッシュタグの"JeNeSuisPasCharlie"(私はシャルリーではありません)は人種差別を目的とする雑誌に対して使用され、シャルリー・エブドの無条件支持への反発する形として生まれた。仏のル・モンドはフランスの高校のラウンジにJe ne suis pas Charlieをメッセージとして含む偽の爆弾が設置されたと報道した。多くの風刺漫画家が当スローガンを用いた風刺画(カートゥーン)作品を公表し、または多くが故人の写真と組み合わせてスローガンを用いた。風刺漫画で人を笑い者にするというシャルリー・エブドの一刀両断的な編集方針は、以前より「悪趣味」「やりすぎ」「幼稚」などの批判もあったことから、同紙を単純に殉教者扱いする今回の集団心理に対し、表現の自由を尊重しテロ行為に反対しながらも、「Je ne suis pas Charlie (私はシャルリーではない)」や「Je suis Charlie? (私はシャルリー?)」と異論を唱えるジャーナリストたちもおり、このスローガン連呼運動による同調圧力を懸念する論調も起きている。日本人でデモに参加した牧村朝子のレポートによると、「JSC」(Je suis Charlieの頭文字)と略したり、「Je suis musulmane(私はムスリム)」と表記したプラカードを掲げた参加者もいたとのこと。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。