西山毅(にしやま たけし、1962年1月7日 - )は、日本のミュージシャン。神奈川県横浜市出身。22年間、HOUND DOGのギタリストとして活躍。現在では、Sound Horizon、Linked Horizon、ミューア等、様々なアーティストのサポートや、ライブセッションを中心に活動中。また音楽学校でもギター講師をし数多くのプロギタリストを輩出している。小学時代は野球選手になるのが夢だった。アニメ「巨人の星」の影響で、エキスパンダー2本を改造して大リーグボール養成ギブスを自作したという話も有名。中学時代は主に空手に熱中。ライブでの蹴りのアクションでもその影響は垣間見れる。また後に教則ビデオ「技」でも空手の道着を着て、蹴りや自然石割りなどを披露している。その頃、4歳上の音楽好きの兄の影響もあり、ギターに興味を持ち始めた西山は、兄の弾くジェフ・ベックのフレーズに違和感を。。ある日こっそりとギターを触っていると突然ひらめき、そして兄に「こうやって弾くんじゃないの?」と助言すると、兄に「その通りだよ!お前ギターやれよ」という事に。中学3年の時に、雨で中継が流れた野球の変わりに放送された映画『エレキの若大将』をたまたま観る事に。。ギターを持つ寺内タケシ氏を観て、「これしかない!」と本格的にギターに目覚めると、すぐに上達し、一年後には兄や従兄弟とバンド「かうんたっく」を結成。 「人前で演奏したかっただけ」という理由で、「かうんたっく」は数多くのコンテストに出場。その中でも、結成1年後の高校2年の時に出場した『EASTWEST』では、決勝大会まで進む。その時の音源は『EASTWEST78』というタイトルでレコード店に並ぶ事に。同時期にテレビ番組「銀座NOW!」にも出演。番組内で、山本恭司氏に「ライトハンド(タッピング)奏法を教えてください」と質問する少年は西山本人だった。また、東京12チャンネルの『ロックおもしロック』に出演したときのゲストは、後にHOUND DOGで活動を共にする事になる鮫島秀樹がいた「ツイスト」であった。高校3年に進級した時に、1つ年下の後輩ですごく上手いギタリスト(小野瀬雅生氏)を見てショックを受け、それまでのスタイルからロックギターの道に進む事に。その時期に、小林克己氏に師事。 「この人(師匠)に習えば彼(小野瀬)を抜けると思って、門を叩いたんです。」と西山本人も後に語っている。※その小野瀬雅生氏とは、2016年2月に横浜ストーミーマンデーでのライブで初共演をしている。高校を卒業する頃に「ギタリストになりたい」と両親に言うも反対され、(実家が歯医者の為)技工士の専門学校(2年制)に行く事になるが、母親が1つだけ条件を与えることに。「2年でその学校を出て、残りの2年を自由に使いなさい。その2年間でプロになれなければあきらめなさい」22歳がタイムリミットだったが、結果としてギリギリ22歳でHOUND DOGに加入する事になる。1982年、C-C-B(当時はCoconutBoys名義)に欠員が出たこともあり、リードギターにと勧誘を受ける。しかし、当時のプロデューサーに「ギターはどうでも良いから、歌を頑張って!」と言われ、その言葉に同意出来ず断っている(因みに西山が断ったC-C-Bのギタリストには、後年セッションなどで共演する機会も多い米川英之が着任した)。1983年、福島邦子のライブサポートギタリストとしてプロのキャリアをスタート。その後、吉川晃司・桑名正博・宮原学などのバックギタリストを経験。1984年、蓑輪単志の推薦で、HOUND DOGに新ギタリストとして加入。1993年7月13日、リットーミュージックより教則ビデオ『技』を発売。ベストセラーとなる。1993年12月 - 1994年3月、フジテレビで放送されていた深夜番組「寺内ヘンドリックス」に「ギター侍」として出演。海外のギタリストに「ギター対決」を挑んでテクニックを見せつける企画であった。1997年、宇都宮隆のソロツアー「TAKASHI UTSUNOMIYA TOUR '97 E.A.GRANDSTAND」にサポートギタリストとして参加。
出典:wikipedia
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