精進湖(しょうじこ)は、山梨県南都留郡富士河口湖町にある湖。富士五湖のひとつで、西から2番目、東から4番目にあたる。富士箱根伊豆国立公園の特別地域内にある。同じ富士五湖の西湖、本栖湖と同一の水脈を有しているので水面標高も同じく約900mで、湖水の水位が連動する傾向がある。最大水深は15.2mで河口湖と並び3番目の深さ。0.5平方キロメートルと五湖中でもっとも湖水面積が狭く、流入河川および流出河川はない。2013年(平成25年)6月22日、「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産(富士山域)の一つとして、世界文化遺産(日本の文化遺産としては13箇所目)に登録された。富士山の火山活動によって形成された堰止湖で、本栖湖・西湖と同じ水位である。かつては単一の大きな湖(剗の海;せのうみ、「背の海」の意か)であったと考えられているが、富士山の溶岩流でまず南西の本栖湖と分断され、『日本三代実録』に拠る864年(貞観6年)の貞観大噴火の溶岩流によって西湖と分断された。精進湖という湖名は、富士参詣者が湖で沐浴して精進潔斎したことに由来する説や、(かつての単一湖「せの海」という名称も関連し)富士の背にあたることから「背地」(せのち)と呼ばれたとする説がある(『甲斐国志』による)。栄養湖でプランクトンが多く、湖色も緑色。1930年代の調査でも富栄養化していたがそれ以降も富栄養化は進行しているため、透明度は3m程度で有る。赤潮が発生することもある。ヘラブナやワカサギ、ブラックバス、タニシなどが生息している。右岸には、甲府から右左口宿を経て駿河国へ至る軍用道路である中道往還(現国道139号)が通る。精進湖北側から見る富士山は手前に大室山を配しているため、「子抱き富士」とも呼ばれる。前景は青木ヶ原樹海であり、樹海の中に中道往還(国道139号)が走っているため、精進湖北側から望む富士山は手前に建造物がなく樹海の緑に覆われ、絶景である。かつては湖北部に集落があったが、西湖で増水による被害が発生したのを受け、同似地形にあった集落は、1972年頃に湖南部の中道往還(国道139号)沿いの青木ヶ原樹海内に移住し、新居住地は移住地と呼ばれている。中世には甲斐・駿河間の主要街道のひとつとして中道往還(国道358・139号)が利用された。中道往還は甲府盆地南部の右左口宿から右左口峠を越えて富士北麓に至り、精進湖・本栖湖を経て現在の静岡県富士宮市へ向かう。中世・近世には海産物の利用にも用いられ、女坂峠(阿難坂・精進峠)を抜けて甲府方面へぬける山道は「魚道」と呼ばれた。河口湖や山中湖と異なり開発されていない大自然の絶景地であり、都心から2時間半ほどで行ける。古民家も古くなり、空き家も目立ってきた。その対応として、「The Shoji」を代表するスポットを体験できるフットパスプログラムなどが実施されている。イギリス人のハリー・スチュワート・ホイットウォーズは、1895年富士山が綺麗に見られる避暑地「ジャパン・ショージ」として日本国外に宣伝した。そのため多くの外国人観光客が訪れ、精進湖に当時日本有数の避暑地として「精進湖ホテル」が創業された。
出典:wikipedia
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