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やくみつる

やく みつる(本名:畠山 秀樹(はたけやま ひでき)、1959年3月12日 - )は、日本の漫画家・タレント・スポーツライター・好角家。東京都世田谷区桜新町出身。「やくみつる」の名は麻雀の「役満」からもじったと言われている。桐蔭学園中学校、同校高等学校普通科、早稲田大学商学部卒業。学位は商学士(早稲田大学)。1981年にはた山 ハッチ(はたやまハッチ、"Hatch Hatayama")名義で漫画家として「まんがタイム」誌でデビュー。「パロ野球ニュース」など野球4コマ漫画を経て、「やくみつるのガタガタ言うゾ!」などの時事4コマ漫画をやくみつる名義で執筆するようになる。時事ネタを扱うようになってからは、テレビ番組のコメンテーターなどのタレント活動もしている。妻はアシスタントの畠山利奈子(やく利奈子)。日本昆虫協会の副会長。現在はテレビのコメンテーター及びエッセイストとしても活動している。プロ野球などについて物議をかもす発言を多く残している。社会現象や有名人を諷刺する筆致・姿勢は強く、彼の評価の振幅を大きくしている。やくのコメントはいつも一貫して不良みたいなことをするなと言っている。そもそも「江川事件に義憤を覚えて四コマ漫画を描き始めた」というだけあって、江川卓に対しては批判的だった。朝青龍明徳については前述の江川ほどの厳しい批判をしていなかったが、2007年夏のサッカー騒動を期に徹底的な批判に転じる。これについて本人は「即刻クビだと思った」と発言している。朝青龍が3場所連続休場後に出場した2009年初場所では、場所前に「朝青龍は、相撲そのものに執着がないから、1勝2敗で3日目に引退する」と予測していたが、朝青龍は14勝1敗で優勝した。やくは漫画家であるにもかかわらず「漫画嫌い」で知られる。著書「小言主義」に収録したエッセイでは、「同人誌系がすべてがそうではないだろう」としながらも「仲間内で楽しめばいいという感覚をひきずったままプロになる(中略)ため、人に読んでもらうということに対しての自覚が皆無に等しい」、「ネタについてのとらえ方も、独善的であいまいだ」、「こういう輩が跋扈する限り、業界はますますヒドくなるだろう」と、同人作家からプロの漫画家となった人間に対して、批判的な態度を示している。反面、「自分たちの世界で楽しんでいる分には何の文句もつけない」と、同人誌などに代表される同人活動全般を批判するつもりはないことも示している。竹書房の新人賞の審査員を務めていた頃にも、同様に作品内容よりも、4コマ漫画を描く上での姿勢を厳しく批判していた。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』に、まだ本格的に賛否両論が激しくなる前でありながら「漫画で人を啓蒙したり、世の中変えたり、そんな大それたことはできません。漫画はしょせん刺し身のつま、漫画はしょせん漫画ですよ」と、批判エッセイを寄稿していた。また、自身がかつて看板作家を務めていたまんがスポーツの休刊に触れたコメントでも、「選手やチームへの批判、風刺意識の薄れた作家、作品ばかりになり、読者とお友達感覚で共感してるだけの同人誌的な雰囲気が雑誌中に蔓延していたから」と話している。漫画は読むのも描くのも時間の無駄で、辞められるのなら辞めたいが、小遣い稼ぎに始めただけで、金の為にだけやっていると語っている。長年の横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズの熱狂的ファンであることが有名ではあるが、選手によって好き嫌いも激しい。例えば、『大魔神』こと佐々木主浩元投手をネタにする時は辛辣さを極めているし、自身と同い年の高木豊に対しても主力選手だった時代から厳しいコメントが多い。荒唐無稽な要素が少なく、ヒーローインタビューや試合の経過などといった、実際に起こったことを取り上げて批判する作風である。また本人が頻繁に漫画に登場し登場人物と絡むことも特徴になっている。ベイスターズ(ホエールズ)の弱小時代には、コマ中の近藤貞雄に「こんなへぼチームを応援する漫画家はへぼへぼへぼだ。」と言わせる等自虐ネタも書いたり、自身の母校である早稲田大学出身者の仁村薫が偏差値社会日本では勝ち組云々というオチの四コマも書いている。野球4コマのパイオニアであるいしいひさいちや、みずしな孝之との中間の世代のためか、作風を混同されることが多い(一例をあげると、いしいの有名な持ちネタに「誇張過剰気味に広沢克己を奇天烈に描いたり、原辰徳を能天気に描く」というものがあるが、Wikipediaにも長年やくみつるの傾向として掲載されていた。ただしやくも原を能天気キャラとして描く事が少なくない)。自らの比較的現実的な作風を考慮せず、すぐにフィクションと区別がつかないような事を書くことも多かった。一例をあげると、桑田真澄が目に沁みないように予め自分でビールをかけているところを取り上げ、「一人ビールかけで総スカン」などと書いたことがある(巨人が強行指名したという経緯もあり、いしいひさいちも桑田を悪人顔に書いていたが、荒唐無稽な話で笑わせていた)。また、衝突事故によって吉村禎章に重傷を負わせた栄村忠広を背番号66からダミアンと名付け、極めて執拗に衝突事故をネタとして扱った。その後キャリアとしては全盛期に『まんがパロ野球ニュース』(現・まんがくらぶオリジナル 竹書房)の看板作家の座を、同じく横浜ベイスターズを題材としていたみずしな孝之(荒唐無稽な要素と、日常的な要素を併用していた)に追われている。2011年にベイスターズがDeNAに買収されたが、やくはDeNAの運営する課金制の携帯電話向けゲームを認めないため、ベイスターズファンを(親会社が代わるまで)やめると宣言した。しかし、『はた山ハッチ』名義でもファン休止宣言を行ったはずの神奈川新聞にて、2012年4月3日から『はた山ハッチの それでもガンバれ!!中畑ベイスターズ』と改題して、シーズン中の1コマ漫画連載を継続した。亀田史郎とテレビ朝日スーパーモーニングにてテレビ番組でケンカ寸前の論争をした(ただし腕力では及ばない旨の発言はしている)。その際、史郎に対し、(史郎の息子らに対する躾がなっていないとして)「これでカメをしばっとき」と、凧糸を渡し、「オッサンの教育のためにやってきた」「まずは口のきき方を教えてやった方がいい」「安っぽいメロドラマを見せないでほしい」と批判した。なお、その際金髪にサングラスという姿で現れており、「おたくの息子はおんなじことをやっている」と発言している。「漫画家の年齢は通常の人間の年齢×1.5である」とし、40歳の時点で「還暦」を宣言。それ以降しばらく、その「仮の年齢から逆算した年」が「生年」だと称していたこともあった。また、「還暦」を契機に、異常に多数だった連載を整理し、それ以降は妻と二人、日本全国や世界各地を旅行して回っている。カツラを愛用していることを公言しており、当初は着脱式のものを使用していたが、映画『かずら』の「着脱式のカツラをつけた男性が空港の金属探知機に引っかかる」というオープニングシーンに衝撃を受けたことをきっかけに、現在は松木安太郎の紹介によるスヴェンソンの編み込み式増毛法とふりかけ式を併用している。有名人のたばこの吸殻や使用済みのストロー、世界各国のトイレットペーパー等のいわゆる珍品を多数収集していることで知られ、それらに関する本も出している。上記のように、やくは自分の作品掲載以外でもコメンテーターなどとして積極的にマスメディアに出演・寄稿し、「珍品コレクション」の収集という趣味もあるため、有名人との交友を幅広く持っている。その中の一人に、昆虫採集、特にチョウの採集という共通の趣味がある鳩山邦夫がいて、やくは自分の作品の中で鳩山を登場させた事もある。鳩山が日本郵政の西川善文社長の更迭を求めた問題で麻生内閣での総務大臣辞任に追い込まれた際には、「一企業の社長人事で大臣が辞任に追い込まれるのは奇異に思う」などとしてその決定を批判した。また、好角家という関係から親交を持ったデーモン閣下はやくから見ると桐蔭学園中学から早稲田大学までの後輩に当たり、「Qさま!」や「大相撲この一年」などでは共演もしている。2020年東京オリンピック開催が決定した2013年9月8日の時点では、オリンピック反対の立場に立つとして「最近で最もへこんだ」「“オモテナシ”ではなく“ソレドコロジャナイ”という言葉をIOC委員に伝えたかった」などとコメントしている。理由は原発問題にからむものである。やくは、「はた山ハッチ」という別のペンネームも持ち、仕事の性格等に応じて両者を使い分けていた。なお連載作品名に「やくみつるの」と付く場合は、これを省略して表記する。その他バラエティ番組、週刊誌での4コママンガ、イラスト等多数●印は、「はた山ハッチ」名義。※レギュラー※不定期※テレビドラマ

出典:wikipedia

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