フアン・エボ・モラレス・アイマ(Juan Evo Morales Aima, 1959年10月26日 - )は、ボリビアの政治家であり、社会主義運動 (Movimiento al Socialismo : MAS) を率いる。2005年12月18日の選挙で大統領に当選した(任期は2006年1月22日より)。ボリビア史上初めての先住民出身の大統領である。オルロ県でアイマラの農家に生まれた。17歳で兵役に就いた他、様々な職を転々とした後、コチャバンバ県チャパレに移住し、コカの栽培農家となる(ボリビアにおいてはコカの栽培は合法である)。以降、コカ栽培農家の農民運動の中心人物となり、1997年には下院議員に当選するが、2002年に暴動を扇動したとして下院議員を除名される(後に除名が「違憲」とされ復帰)。それに対抗してモラレスは同年6月に行われた大統領選挙に出馬、最終的に当選は出来なかったが1回目投票で2位の得票を得て決選投票に進んだ。その後、ボリビアの反政府運動の中心人物として活動し、2005年の大統領選挙では1回目の投票で得票率5割を越えて当選を決めた。モラレスの政治姿勢は強硬な反米主義で、また新自由主義経済、グローバリズムに対して徹底的な対決姿勢で知られている。ベネズエラのチャベス政権、キューバのラウル政権との連携を強めている。ボリビアガス紛争においても、多国籍企業に奪われている天然資源の権利を取り戻すべきだとしている。2006年5月1日には、かねてからの公約、炭化水素(天然ガス・石油)の国有化を宣言。外国資本の企業に対しては、180日以内に新たな契約を結び直すか、あるいはボリビアから撤退するかを選択するように迫り、主要な天然ガス田にボリビア軍を派遣して接収を行った。コカ栽培農家の出身ということもあり、コカ栽培の促進も主張しているため、彼の反対者はしばしばモラレスはコカイン業者とつながりがあると主張するが、モラレスはあくまでも先住民の伝統的な生活必需品としてのコカの栽培促進を主張しているのであって、コカインの精製・密輸は許さない、としている。このような事態にアメリカのブッシュ大統領はモラレスを麻薬密売人として批判したが、。前回2002年の大統領選挙当時と比べるとその主張はやや穏健化しているとの評もあり、ボリビア・ガス紛争でも反政府派の中では比較的穏健なグループに属していたとされる。当選後は米国の駐ボリビア大使との会談にも応じている。その一方で、当選後はキューバとベネズエラを訪問し、カストロ議長、チャベス大統領と会談して友好関係を再確認している。2003年に京都で開催された世界水フォーラムへの出席のため来日したことがある。大統領として2007年3月5日に来日し、今上天皇、当時の安倍晋三総理大臣、麻生太郎外務大臣と会談した。。2007年にFIFAが高地での試合を禁止した際にはチャカルタヤやサハマでサッカーをプレーして抗議を行ったり、2008年3月には、ボリビアのプロサッカー2部リーグに所属する国家警察チーム「リトラル」のリザーブ選手として正式な契約を行った事が報じられるなど、サッカー好きでも知られる。2008年12月27日から始まっているイスラエルによるガザ戦争に抗議して、イスラエルと断交した。2010年12月7日来日し、菅直人総理大臣と会談を行った。2013年2月20日、国際連合の国際キヌア年の発足に際し国連総会に出席。記念演説の中で多国籍企業などに対する批判を行った2013年7月2日、大統領を乗せたモスクワ発の飛行機が、エドワード・スノーデンを同乗させている容疑でオーストリアへの着陸を余儀なくされた。9日、米州機構は欧州4カ国を非難し、ボリビアに連帯を表明する決議を全会一致で採択した。就任前後から、南米太平洋戦争以来対立関係が続き、正規の外交関係をもたないチリとの関係改善に向けた動きを開始した。2006年1月の大統領就任式には任期切れを間近にしたリカルド・ラゴスチリ大統領が出席したがこれは両国の歴史上初めてのできごとであった。その返礼として、モラレス大統領も3月にチリのミシェル・バチェレ新大統領の就任式にモラレス大統領が出席し、両国関係の改善に向けて大きく動き始めた。同時にバチェレ新大統領就任式参列でチリを訪問中のライス米国国務長官と会談した際も、同長官にコカの葉をあしらったチャランゴを贈り、コカ生産意欲を婉曲に表明している。チェ・ゲバラがボリビアで戦死した後、親米政権は「ゲバラはテロリスト」だとして評価しなかった。しかし、彼は初めてゲバラを公式に再評価した大統領となった。最終学歴は中学卒であり、。出自がアイマラであることと、コチャバンバにはケチュアが多いことより、彼はアイマラ語及びケチュア語も話す。ただし普段はスペイン語のみを使っている。ノーネクタイの服装を貫くことを公言しており、実際に自身の大統領就任式(冒頭の写真参照)や外国訪問の際にも、トレードマークとなったアルパカのセーター(左上の写真参照)や革ジャンパーなどの服装が多く、ネクタイは着用しない。その強硬な反米ナショナリズム姿勢から、反対派からは独裁者であると主張する者がおり、日本テレビが制作した「緊急!ビートたけしの独裁国家で何が悪い!」では独裁者として紹介されたことがある。
出典:wikipedia
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