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イスラーム百科事典

『イスラーム百科事典』 (; ; ) はヨーロッパ人東洋学者を中心に編纂されたイスラーム文明の地理・人々・歴史・宗教・文化などの包括的な近代的百科事典である。宗教としてのイスラームのみならず文明としてのイスラームも合わせて詳細な記述を提供する。イスラーム・中東研究にかかせない信頼性ある参考図書である。旧版 "E.I."(編纂 1913年–1938年)と、新版 "E.I."(編纂 1954年–2004年)があり、両版とも、ややアラブ・スンナ派中心的であるという欠点がある。欠点を補完したトルコ語版やイラン百科事典などが生み出されている。また2007年より第3版 ("Encyclopaedia of Islam Three") の刊行が始まった。1870年代頃からヨーロッパあるいはエジプトなどの現地でイスラームに関係する近代的体裁の事典の出版が始まっていたが、それらは質・量ともに必ずしも満足できるものではなかった。そこで1890年代に包括的な百科事典の編纂の構想がはじまり、1892年のロンドンにおける第9回国際東洋学者会議の席上、W・ロバートソン・スミスの提唱で編纂委員会が設置されることとなった。1901年ころから、M・J・デ=フーイェを委員長に、を編集長として作業が逐次開始された。提案から出版に至るまで種々の問題や財政難に見舞われたこともあったが、旧版はヨーロッパにおける東洋学が頂点に達した1913年にライデンのブリル学術出版から刊行が始まっている。H・A・R・ギブ、E・レヴィ=プロヴァンサルらの碩学が編纂にあたった。各項目では可能な限り参考文献が呈示されレファレンスブックとしても有用な編集となっており、大項目となる項では、ほぼ研究論文なみの品質を持つ。英語、フランス語、ドイツ語版があり、英語版は4巻および補遺からなり、総計約5,000ページ、見出し語約9,000語に及び、イスラームに関する専門事典として確固たる地位を占めた。その後も新版の刊行が半世紀の長きにわたったため、新版の発刊が1990年代となったアルファベット後半部などは約50年間、参照され続けた。一方で英語、ドイツ語、フランス語版に異同や質の差が生じるという問題も生じていた。最終的にドイツ語版の索引が刊行されたのは1941年であったが、このころには研究の劇的な深化、西アジア情勢の変化などがあり、すでに全体に古めかしい感はぬぐえないものとなっていた。また完全にヨーロッパで編集され、現地での研究などに目が行き届いていないことやオリエンタリズム的偏りも少なくなかった。旧版には派生版がいくつかあり、宗教・法学などを中心に再編集・軽量化し2005年までに4刷を重ねる "Shorter Encyclopaedia of Islam" が1954年に刊行されている。また重要なものに第1版では著しく分量を欠いたテュルク/トルコ関連の記事を独自に編集して大量に追加、イスタンブール大学を中心に編纂されたトルコ語版がある。ほかに現地研究者の若干の加筆がなされた非公式アラビア語版、およびインド方面の記事を大幅に加えたパンジャーブ大学によるウルドゥー語版がある。 また英語版は1987年に9分冊でリプリントが出ている。それぞれについて、後述の書誌も参照。1950年前後には、旧版の刊行開始から約40年が過ぎ研究の深化も著しいものであった。さらに、第二次世界大戦後に中東世界は一変し、独立国家群の出現や中東戦争、石油の重要性の激増によって、近現代史を中心にさらなる情報の充実した参考図書が求められるようになった。そこで旧版をベースとして補足・訂正、さらに項目を追加して新版の編纂が始まった。新版は旧版同様ブリル学術出版より英仏語(ドイツ語版は省かれた)で各巻分冊形式で発行されているが、第1巻第1分冊が刊行されたのが1954年である。その後1960年までに第1巻分がすべて刊行された。地図、図版を含み、旧版にもまして文献表の完備が目指されている。ほかに地理、文学、科学、美術の分野、および地域的に中東以外の項目を大幅に増補している。また概念的な大項目などでは、各地域各時代ごとに章を設けて、専門家が執筆しており非常に詳細である。全体の量も膨大であり、本巻および補遺をあわせて全12巻、総計約20,000ページ、見出し語14,000語前後に及ぶ。その知識の海の圧倒的量により、ほとんど絶対的な評価を確立しているのである。刊行には約半世紀を要し、最終12巻の補遺が発刊されたのが2004年のことである。膨大さゆえに見出し語だけでは十分な検索が期待できないため、ほかに語彙索引などが3冊刊行されており、2006年初頭現在、付録などのさらなる刊行が予定されている。また2002年にCD-ROM版が頒布、2003年以降、オンライン版が運用されている。『イスラーム百科事典』新版はしかしながら、必ず参照されるという立場にあるために完璧さが期待され、かえって瑕疵として指摘される点も少なくない。その中でも最大のものは旧版のアラブ・スンナ派中心的な編集方針と、オリエンタリズム的偏りを引きずっているというものである。比較すれば旧版よりは大幅に改善しているとはいえ、アラブの文化・地理・政治などそれぞれが非常に詳細であり、場合によっては煩雑といえるほど詳細に記述される一方、イランやテュルク/トルコについては前イスラーム期の記述は著しく少なく、イスラーム化以降についても叙述はアラブに比して非常に少ない。イスラームについてもシーア派の諸分派などについてはスンナ派ほど充実しているとはいえず、またキリスト教徒やユダヤ教徒への目配りも中東中心部以外についてはかなり欠落している。さらに中東以外のインド、東南アジア方面は壊滅的で、シリアの地方都市ヒムスについて地図付き6ページが割かれるのに対し、現在のトルコの首都アンカラが3ページ、21世紀初頭現在、世界最大のムスリム人口を持つインドネシアの首都ジャカルタに至っては半ページの記述で人口統計は1940年のものである。これは編集に考証学的な好古趣味があるためではないかという批判を招いており、近現代よりも前近代を重視するために発生する偏りであるといえよう。おそらくは新版も旧版のヨーロッパ的東洋学を受け継ぎヨーロッパ人が中心となって編纂したものであり、近現代についての社会科学を中心としたアメリカでの研究を限定的にしか受け入れることができなかったことが影響しているともいえる。アラブ中心的なあり方は見出し語の立て方に如実である。ヨーロッパ語による事典ではあるが、ほとんどの項目がアラビア語で立てられる。たとえば「百科事典」は Encyclopaedia あるいは Encyclopédie ではなく、アラビア語の転写 Mawsūʿa で立てられる。同様のものに衣類Libāsなどがある。人名などについても近現代にいたるまで、ほとんどがアラビア語で立てられトルコ語読みやペルシア語読みで立てられることは例外的である。ラテン文字転写も独特でジーム (ج: j) はdj、カーフ (ق: q) はḳで引かなければならない。以上のような点で、アラビア語をそれなりに解さなければ見出し語にたどり着くことは困難であり、専門の研究者であってもとまどうことが少なくない。このような傾向が、旧版トルコ語版での膨大なトルコ関連記事の挿入、あるいは新版のイランでの翻訳作業から生まれることになるイラン百科事典などを生み出す直接の契機となっている。編集方針に関しては非常に放任的で全体のスタイルに統一性が見られない。たとえばある王朝の項目では、君主別に見出しを立てるものもあれば、政治や文化などそれぞれで項目を立てて時系列的には前後するものなどさまざまである。またその膨大な量ゆえに見出し語の項目には記述されていないのに、関係項目で重要な記載があるなどの混乱も見られる。これはスタイルに関する問題以前に編集の問題であり、項目の重要性とその分量に統一的な基準が設定されていないことによる。これに先述のような考証学的好古趣味が混乱を助長しているとも言える。このような種々の問題点を含みつつも、図書館にまず完備されるべき浩瀚な参考図書との位置づけは全く揺らぐものではなく、専門研究者に多大な恩恵をもたらしている。新版出版後新版の記述をとりいれ残りを旧版でカバーしている類のもの

出典:wikipedia

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