


多系統萎縮症(たけいとういしゅくしょう、)は、代表的な神経変性疾患の1つである。進行性の小脳症状をしばしば呈することから、脊髄小脳変性症の1型(孤発性)と分類され、日本の脊髄小脳変性症の中で最も多い。かつては小脳症候を主徴とするものはオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA、1900年)、起立性低血圧、排尿障害、睡眠時無呼吸(喉頭喘鳴)などの自律神経症状を主徴とするものはシャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager syndrome、SDS、1960年)、動作緩慢、小刻み歩行、姿勢反射障害などのパーキンソン症候群を主徴とするものは線条体黒質変性症(SND、1960-64年)と分類されていた。これらを包括する概念として1969年にGrahamやOppenheimerら多系統萎縮症という疾患概念を提唱した。1989年に米国のPappらがMSAでは臨床病型に関係なく100%の例でオリゴデンドログリアに嗜銀性封入体が出現することを報告し疾患概念として確立した。この封入体がグリア細胞質内封入体(GCI)と呼ばれMSAに特異的な封入体である。1998年にはGCIがα-シヌクレイン陽性となることが報告され、MSAはパーキンソン病やレビー小体病とともにαシヌクレノパチーという新たな疾患概念を形成することになった。MSAは臨床症状によりMSA-P(multiple system atrophy predominated in parkinsonism)と小脳失調が優位になるMSA-C(multiple system atrophy predominated in cerebellar ataxia)に大きく分類される。Gilmanらによって提唱された診断基準では臨床病型は小脳失調の強いMSA-Cとパーキンソン症候群が強いMSA-Pに分かれる。第2回コンセンサス会議では優勢な運動症状が経時的に変化しうることを踏まえてMSA-PとMSA-Cの呼称は評価時点の主症状を指すことになった。発症時期は運動症状(パーキンソン症状または小脳性運動失調)もしくは自律神経症状(起立性低血圧または排尿障害)を自覚した時である。あるいは疑い例の基準で定義された自律神経症状を自覚した時とされている。発症時期に陰萎や女性の性器感度低下は含まれていない。MSA-CとMSA-Pの相対的頻度は地域や人種の違いによって異なる可能性がある。ヨーロッパではMSA-Pが多いが日本ではMSA-Cが多い。日本から家族性の発症の報告もある。排尿障害と起立性低血圧が重視されている。高度な自律神経障害はパーキンソン病の除外基準ではないことにも注意が必要である。排尿障害はMSAでは早期から高頻度に出現することが多い。MSAの排尿障害では蓄尿障害と排出障害の両方がみられる。アンケート調査では日中頻尿、夜間頻尿、尿意切迫感、切迫性尿失禁、排尿開始遅延、排尿時間延長、尿勢低下、間欠排尿、腹圧排尿が健常者比較して高頻度であった。またMSA患者の自律神経障害では排尿障害は96%で認められ起立性低血圧の46%よりも高頻度であった。この検討では残尿が74%認められ、100ml以上の残尿が52%で認められていた。発症1年目は平均残尿量が71mlであったが5年後には170mlと有意な増加が認められる。MSA患者20例とパーキンソン病患者20例の検討ではMSA患者では残尿量がパーキンソン病患者よりも多く、100ml以上の残尿はMSAでは11例に認められたがパーキンソン病患者では1例のみでしか認められなかった。頻尿や夜間頻尿はMSAとPDのどちらでも認められるが尿失禁と残尿はMSAでは早期から認められるがPDでは早期から認められることが稀のため鑑別や早期診断に重要である。起立性低血圧は排尿障害に比べて頻度は低く、進行してから顕在化することが多い。起立3分後よりも10分後の測定によりOHの頻度が増えることが報告されている。初期より高度の起立性低血圧を示し、失神を繰り返す例もある。声帯の奇異性運動が上気道閉塞の原因として重要である。吸気時の気道狭窄音や吸気時のため息もMSAに特徴的な呼吸障害とされている。診断基準では喘鳴はMSA疑い例の基準における補足的特徴のひとつになっており、吸気性ため息はred flagsのひとつになっている。パーキンソン症候群が知られている。振戦では不規則でミオクローヌスも合併しうる姿勢時振戦や動作時振戦を認める一方で丸薬丸め様のPDに特徴的な安静時振戦は稀である。パーキンソン症状は左右対称の場合が多いが非対称例も少なくない。姿勢保持反射障害はPDよりも早期に出現し、進行速度がはやい。L-DOPAへの反応性は初期には認められることもある。日本では稀であるが深部腱反射亢進やバビンスキー反射が認められることがある。歩行運動失調が最多で小脳性構音障害や小脳性眼球運動障害を伴う症例も多い。早期の眼球運動異常では眼振は認められず、短形波様律動性眼球運動、衝動性追従運動および測定障害性サッケードなどが生じる。核上性注視障害や衝動性眼球運動速度の緩徐化はMSAの特徴には含まれない。かつては認知症はMSA診断に否定的な症候であったが、MSAでは遂行機能障害を中心とした前頭葉機能障害を認めることが明らかになった。神経病理学ではMSA-Cでは下オリーブ核、橋核、小脳皮質(プルキンエ細胞)にMSA-Pでは被殻の背外側部と黒質に高度の神経細胞脱落とグリオーシスが認められる。さらに自律神経系(視床下部、迷走神経背側核、脊髄中間質外側核、脊髄オヌフ核)にも神経脱落が認められる。しかし、これらの系統が単独で障害される例が存在せず、実際にはオリーブ橋小脳系、線条体黒質系、自律神経系の3系統が様々な程度と組み合わせで障害される。どの系統が最も早期から障害されるかによって臨床的病型が決定される。運動ニューロン系(大脳運動野、錐体路、脊髄前角)もMSAの病変部位となる。また前頭葉、側頭葉の萎縮、大脳白質広範変性などが認められる場合もある。グリア細胞内封入体(GCI)はオリゴデンドログリアに認められMSAの病理診断では必須である。GCIはHE染色では淡いピンク色であり見落としやすいがガリアス染色またはαシヌクレイン免疫染色を用いると明瞭に検出できる。GCIは異常フィラメントが集簇した構造物である。GCIは中枢神経系に広範に分布し、特に神経細胞脱落を呈する神経核ならびにその投射線維に多い。GCIが多く認められる部位としては線条体、淡蒼球、内包、外包、橋底部、中小脳脚、小脳白質、大脳運動野などがあげられる。その一方で上小脳脚にはGCIがあまり認めないと報告されている。MSAではオリーブ橋小脳系でも線条体黒質でも線条体黒質系でもGCIの出現数と神経脱落の程度は相関している。MSAにおけるもっとも早期の変化はオリゴデンドログリアにおけるαシヌクレインの蓄積、凝集でありその後、ミエリン、軸索の変性を経て神経細胞死と向かうと考えられている。GCIは脳広範に出現し、広範にオリゴデンドログリアが障害されることでMSAの多系統の障害は説明される。GCIを含むオリゴデンドログリアでは核内にも点状ないし線状の封入体、GNIが認められることもある、また神経細胞質内封入体であるNCI、神経細胞核内封入体NNIや神経突起内にneuropil threadsなど知られている。GCI、GNI、NCI、NNI、neuropil threadsという5種類の構造物が知られている。GCIの増加と広がりに伴いNCIも増加しやがて神経細胞脱落が認められる。パーキンソン病とMSAでは蓄積するαシヌクレインの化学的構造は同一と考えられている。パーキンソン病ではレビー小体の形成過程が観察されるがMSAのGCIは形成過程が観察されない。パーキンソン病ではグリア内蓄積はあるが核内蓄積は認められないがMSAではGNIなど核内蓄積がある。αシヌクレイン遺伝子の異常はパーキンソン病は起こすがMSAは起こさないといった違いが認められる。小脳失調の責任病巣は多数ある。橋底部にある橋核神経細胞、その遠心路である橋小脳線維、中小脳脚、小脳白質、オリーブ小脳線維、小脳のプルキンエ細胞のなどが変性、脱落する。MSAのパーキンソン症候群の責任病巣は被殻と中脳の黒質である。被殻では小型神経細胞が脱落し、黒質では緻密帯のニューロメラニン含有細胞が脱落する。被殻病変は背外側部で黒質病変は外側で強い。視床下部、迷走神経背側核、脊髄中間質外側核、脊髄オヌフ核の神経脱落が認められる。突然死の責任病巣としては延髄のセロトニンニューロンの脱落が指摘されている。MSAでは橋や小脳、被殻の萎縮などを中心に様々な異常を呈する。これらの異常は基本的にMSAに生じる病理学的な変化を捉えていると考えられている。MRI検査では被殻、橋、中小脳脚、小脳皮質の病変が特徴的である。そして臨床症状に対応するようにMSA-Pでは被殻病変が出現しやすく、MSA-Cでは橋や小脳の病変が出現しやすい。またMSAでは上小脳脚に目立った異常を示さないため進行性核上性麻痺などとの鑑別に有効である。MSAにおけるMRIの異常所見は病初期に認めなくとも病期の進行に伴って新たに出現することが報告されている。八木下らは0.5TのMRIでMSAに属するオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、線条体黒質変性症(SND)、シャイ・ドレーガー症候群(SDS)の脳幹と小脳の病変の特徴を解析している。彼らの解析では脳幹と小脳の萎縮はOPCAが最も高度で広範であり、次いでSND、SDSという順になった。3疾患とも橋底部は下部が上部より、小脳は上部が下部よりも高度な萎縮が認められた。この結果から橋小脳路の変性は橋底部下部と小脳上部を結ぶ線維から進行することが示唆された。MSAにおいて被殻では神経細胞の変性と脱落、グリオーシスと鉄の沈着などをきたし全体として萎縮する。萎縮は特に腹側よりも背側に強いことが一般的である。被殻が萎縮することによってMRI上、外側の境界が正常では外側に凸になっているがMSAでは直線上になる。被殻の萎縮に伴い、被殻の最外側を中心にT2強調画像で線状の高信号となる病変を認める。被殻外縁や外包で組織菲薄化に伴い細胞外スペースでの水分含有量が増加したことを反映した所見と考えられている。この病変をDPH(dorolateral putaminal high intensity)またはスリットサインという。使用するMRIの磁場強度で信号が異なる。すなわち萎縮の程度(T2高信号を反映)と鉄の含有(T2低信号を反映)の総和で決まる。DPHはMSAで特徴的な所見であるがSCA17や成人型GM1ガングリオシドーシスなどでも認められることがある。健常者でもしばしば被殻外縁がT2高信号を示す場合もある。健常者では外縁全体あるいは前方部にみられやすく、2mm以下の厚さで連続性が保たれることが多いのに対して、MSAでみられる異常は後方優位で連続性が失われていることがあり被殻の萎縮を伴うことが多い。被殻の外側が正常では外側に向けて凸になるがMSAでは被殻の萎縮のため直線上になっていることが多い。線状の高信号が被殻を超えて内包前脚に達するのはMSAの所見ではない。MSAにおいて橋では、橋核の神経細胞の変性と脱落、グリオーシスと横走線維の変性などをきたし、全体として萎縮を認める。橋の萎縮は橋蓋部に比べて底部に強いことが特徴である。橋底部では正常では腹側に向け凸になっているがMSAでは逆に陥凹している。また病理学上、橋では橋核とともに横走線維が変性するため橋内にT2強調画像十字状に高信号を呈するhot cross bun sign(HCB)が認められる。HCBを認めた場合診断的価値も高いが病初期には認めないことも多い。病初期には軽度の横走線維の変性を反映し、横走するT2高信号は認めず、縦走するT2高信号のみ認めることがある。この場合連続する2スライス以上で縦走するT2高信号を認めた場合はMSAとして診断価値があるとされている。HCBはDPHと同様にMSAに特徴的とされているがSCA2、SCA3、SCA7、SCA8などでも認められることが報告されている。MSAにおいては小脳では広範なプルキンエい細胞の脱落や小脳白質有髄線維の脱落、顆粒細胞の減少、グリオーシスなどが認められる。下小脳脚と中小脳脚の萎縮が認められるが上小脳脚は比較的保たれる特徴がある。MRIではこれらを反映し小脳および中小脳脚の萎縮などをきたす。小脳の萎縮はMRI上、水平断では横走slitが多数入るようになり、矢状断ではシダの葉のような形態をとることになる。小脳では小脳皮質の萎縮が認められる。また中小脳脚では萎縮に伴い、T2高信号の病変を伴うことがある。中小脳脚のT2高信号はFAXTASなど他疾患でも認められることがある。小脳失調を来す疾患には上小脳脚が障害される進行性核上性麻痺(PSP)、SCA3、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)と上小脳脚の障害が軽いMSAの初期、SCA2、SCA6、SCA31などが知られている。特にPSPにおいては歯状核の変性や赤核および視床の腹外側核が脱髄を示すため上小脳脚の病変が必発である。Tsuboiらは剖検例で対照と比較してPSP患者における上小脳脚の幅が有意に短縮を示していることを報告している。一方でMSAは一般的に上小脳脚の異常を示さないためにPSPの鑑別に上小脳脚病変の有無に着目することが有用と考えられている。診断基準は2008年に提唱された第2回合意声明が最も新しい診断基準である。第1回合意声明に比べて、ほぼ確実例の診断は大幅に簡素化され、偽陽性の臨床診断を減らすため疑い例であっても自律神経機能異常を示唆する症状を必須とし、早期診断を目的として各種補助検査やred flagsが採用されるなどの改良が試みられた。しかしこの基準では自律神経系と運動系(小脳性運動失調またはパーキンソン症候群)が診断に必須であるため診断時にはかなり進行した状態になっている。確定例は病理診断された症例である。中枢神経に広範囲かつ大量のαシヌクレイン陽性GCIを伴う神経病理学的所見が認められ、線条体黒質またはオリーブ橋小脳の神経変性を伴う。尿失禁もしくは起立性低血圧を含む自律神経障害の存在を必須とし、L-DOPA反応不良のパーキンソン症状もしくは小脳性運動失調の存在が必要である。小脳性運動失調もしくはL-DOPA反応性を問わないパーキンソン症候群に加え、ほぼ確実例の基準を満たさない自律神経障害に加えて、少なくともひとつの補足的特徴を有する。MSA-PないしMSA-C疑い例の補足的特徴はMSA-P疑い例の補足的特徴はMSA-C疑い例の補足的特徴はである。MSAの診断を支持する特徴としては当初は支持しない特徴とされていたが下記の特徴をもつMSAは決して稀ではないことが明らかになりつつある。MSA-Cが多くを占める日本と状況は異なるがアメリカでの検討では臨床診断でMSAであっても病理診断でMSAとなる例は62%のみであり、残りの38%は別の疾患であった。その内訳はレビー小体型認知症が37%で進行性核上性麻痺が29%であった。probable MSAでの正診率は71%、possible MSAでは60%であった。自律神経障害という点ではレビー小体型認知症、小脳失調という点では進行性核上性麻痺が重要な鑑別疾患となる。レビー小体病でも高度な自律神経障害を伴うことはあるがMSAの自律神経障害は節前線維、レビー小体病の自律神経障害は節後神経を首座とかんがられているためMIBGシンチグラフィーが鑑別に有効である。MSAの小脳失調は中小脳脚、PSPの小脳失調は上小脳脚が首座と考えられており頭部MRIの評価が重要である。症状に応じた対症療法を行う。小脳症状に対して、タルチレリンなどを用い、運動・作業のリハビリテーションを行う。パーキンソン症候群に対して、パーキンソン病に準じてレボドパなどを用いる。起立性低血圧に対して、弾性ストッキング、姿勢指導、塩分負荷食、交感神経刺激薬、塩分保持性ステロイドなどを用いる。排尿障害(尿失禁、頻尿)に対して抗コリン薬などを用いる。残尿が100 ml以上ある場合や尿閉に対して、間欠自己導尿 (CIC) を行う。睡眠時無呼吸に対して、簡易呼吸補助器 (CPAP) などを用いる。日本の多系統萎縮症患者230名の後ろ向き検討では中央値では発症後3年で歩行に介助が必要となり、5年で車椅子生活となり8年で寝たきり、9年で死亡するという経過が示されていた。その後は自然史研究のため多施設共同体制で研究がされている。日本ではJAMSAC(Japan Multiple System Atrophy Consortium)、ヨーロッパではEMSA SG(European multiple system atrophy group)、北米ではNAMSA SG(North American multiple system atrophy group)がある。NAMSA SGのMayらは北米のMSAの患者を対象にを用いて自然史の前向き縦断研究を1年間行い、治験デザインに関する検討を行った。検討したスケールの中ではUMSARSの運動機能に関する評価スコア(UMSARS partII)が進行をとらえる評価スケールでは最も有用であった。共分散分析を行いパワー計算を行った。2群間の違いを見逃さない可能性をパワーという。1年間の治験器官でUMSARSの運動機能に関する評価スコアが20%減少するという改善効果を検出するには90%パワーでは609名、80%パワーでは455名の症例が必要という結果になった。これは現実的には不可能な症例数であり臨床症状以外により感度の高い評価項目が必要と考えられている。アメリカ(US study)と欧州(European study)で大規模コホート研究はそれぞれ2015年と2013年に結果が公表された。上記に示したようにいずれも平均予後は9.5年(中央値)で日本での検討と一致した。その他の検討では594例のMSAの検討で生命予後の中央値は7.51年であり、発症3年以内の転倒、膀胱症状、発症3年以内の尿道カテーテルの使用、発症1年以内のOH、高齢発症、自律神経スケール(COMPASS)で評価した自律神経不全の程度が予後不良因子であった。またMSAの予後は起立性低血圧を伴うパーキンソン病よりも不良であると報告されている。
出典:wikipedia
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