清水 健(しみず けん、1976年4月19日 - )は、読売テレビアナウンサー。大阪府堺市南区の出身で、血液型はA型。堺市立槇塚台小学校・堺市立晴美台中学校・大阪府立泉陽高等学校・中央大学文学部社会学科を卒業。コブクロの黒田俊介とは小・中学校時代の同級生である。高校時代には、陸上部に所属。100m走で10秒9という公式タイムをもつ。大学時代には、体育会アメリカンフットボール部に所属。身長が161cmと小柄ながら、持ち前の俊足を生かした突破力を武器に、ワイドレシーバー(WR)としてプレーオフで活躍した。アナウンサーになるために大学を1年留年したが、卒業後の2001年に、アナウンサーとして読売テレビへ入社。入社当初は、全国ネット番組の『どっちの料理ショー』など、主にバラエティ番組へ出演していた。関西学生アメリカンフットボールなどのスポーツ中継で、実況やリポーターを担当したこともある。2009年3月30日からは、平日夕方のローカルワイド番組『かんさい情報ネットten!』(『ten.』)を担当。開始当初は情報担当キャスターを担当していたが、2011年9月19日からはニュース担当兼任のメインキャスターに抜擢され現在に至る。『ten.』キャスターとしての取材を通じて日本維新の会の関係者と接触していたことから、地元の堺市で2013年9月29日に実施された市長選挙では、同会から2回にわたって出馬要請を受けた。しかし、いずれの要請も固辞している。その一方で、2013年10月27日には、読売テレビの代表として第3回大阪マラソンに出場。5時間46分08秒で初めてのフルマラソンを完走した。出場に際して、特に親交が深い円広志が清水への応援ソング『走れシミケン』を作詞・作曲・歌唱。同年12月18日にCDとして発売されたほか、現在に至るまで、『ten.』のエンディングテーマに使われている。なお、大阪マラソンについては、2014年10月26日の第4回大会にも出場。清水と同級生で現在も親交がある黒田と共にコブクロで活動する小渕健太郎との合同練習で注目され、前回大会のタイムを1時間以上縮める4時間44分26秒で2大会連続の完走を果たした。喫煙者で、以前はコンタクトレンズや眼鏡を着用していた。2010年11月にレーシック手術を受けたことによって、左右とも0.1だった視力は1.5にまで回復している。豆が苦手。スタイリストとして『ten.』に携わっていた女性と、2013年5月19日に結婚。親族だけが列席した住吉大社での挙式、堺市役所への婚姻届提出を経て、同年9月8日にビルボードライブ大阪で結婚披露パーティーを開いた。このパーティーには、円広志、ハイヒール、赤星憲広、西田ひかる、奥野史子、アルケミストなど、清水と関係が深い著名人が多数出席。円とアルケミストによるワンマンライブも催された。第4回大阪マラソンの直前には、第一子(長男)が誕生したことを『ten.』で公表。しかし、乳癌を患った妻の介護を理由に、2015年2月2日から同番組への出演を見合わせた。当時は、読売テレビの上層部や親交があるタレントの一部にしか事情が伝わっていなかったこともあって、表向きには休演の理由を「家族の介護」と表現していた。妻は、結婚から約1年9ヶ月後の同月11日に、29歳の若さで逝去。逝去の直前まで妻を献身的に看護してきた清水は、通夜や告別式で、0歳3か月(当時)の長男を抱きながら喪主を務め上げた。清水自身は、妻の逝去からわずか8日後の2015年2月19日から、『ten.』のメインキャスターに復帰。復帰初日のオープニングでは、視聴者に向けて「今日から復帰します。皆様の温かいご理解のもと、妻を見送ることが出来ました。今日から又ニュースと向き合い、しっかりとお伝えします」と挨拶した。翌20日には、自身のtwitter公式アカウントから「皆様のお気持ち、お言葉に、どれほど励まされ、お力をもらったか…心から感謝申し上げます」というツイートを発信。このアカウントには、清水と同様の境遇を経験した人々から、現在も多数のツイートが寄せられている。清水自身も、男手一つで長男を育てながら、メッセージの発信者一人一人に返信。「返信の時間を息子さんのために使って下さい」というメッセージが届けられるほど、twitterやFacebookを通じて、積極的にコミュニケーションを展開している。『ten.』のメインキャスターに復帰してからは、自身の発案で「つなぐ」というコーナーを放送。同コーナーで出会った人々に対して、「2015年の第5回大阪マラソンでは、4時間30分以内で完走する」と約束していた。実際には、前述した第4回大会での自己ベストタイムより17分2秒も速い4時間25分で、自身3回目のフルマラソン完走を達成。ゴールの直後には、当時1歳の長男を抱き上げながら、「まさか『4時間30分を切れる』とは思ってなかった。この1年つらいことがいっぱいあったけど、(完走したことを)妻も褒めてくれると思う」と目語っていた。2016年2月8日には、自身初の著書『112日間のママ』を小学館から刊行。生前の妻が生後間もない長男を抱いている写真を表紙に用いながら、妻との出会いから乳癌との闘いまでの日々を綴った手記で、発売開始から1ヶ月間で10万部を超える売上を記録した。また、同年3月2日付の『朝日新聞』朝刊2面「ひと」欄には、清水へのインタビュー記事が掲載された。そして、“112日間のママ”の出版印税を基に、新薬開発や難病対策などに取り組む団体や個人の事業を助成するため『一般社団法人清水健基金』を立ち上げる。必要な医療サービスが、必要とする方々にいきわたり、心身ともに豊かな生活が実現されることを目的としている。2016年、第10回ベスト・プラウド・ファーザー賞in関西 特別部門を受賞。
出典:wikipedia
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