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萩の月

萩の月(はぎのつき)とは、1979年(昭和54年)9月から菓匠三全(宮城県仙台市)が販売しているカスタードクリームをカステラ生地で包んだ饅頭型のお菓子のことである。正式名称は『仙台銘菓「萩の月」』(せんだいめいか はぎのつき)。萩の月は、明治初期誕生の笹かまぼこや昭和20年代誕生の仙台牛タンと並び、昭和50年代誕生と歴史が浅いながら仙台土産の定番になっている。業界紙がアンケートを基に選んだ「20世紀を代表する土産品」では、北海道の白い恋人、福岡県の辛子明太子に次いで、宮城県の萩の月が全国3位になった。現在では宮城県外の店舗でも販売され、1日あたり10万個が製造・販売されている。商品名は、「萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ満月」に由来している。松任谷由実の発言で全国的な知名度を得たと言われ、全国に模倣品が数百種はあると見られる。業界では、食品の賞味期限延長に脱酸素剤を利用した先駆けの商品として知られる。また、現在よりも高価な移動手段であった旅客機の機内で供された歴史から、ビニール包装の上、さらに小箱に個包装されているのが特徴。メーカーが推奨したわけではなく、自然発生的に消費者自ら多様な食べ方をしているのも特徴である。常温のまま食べる方法の他、冷蔵庫で冷やしてから食べる方法や、松任谷由実が絶賛する冷凍庫で半ば凍らせアイスクリームのようにして食べる方法も著名である。このため、模倣品の中にはあらかじめ凍らせた状態で売られているものもある。逆に、温かい状態では中のカスタードクリームが軟化し、常温のそれより舌触りが良くて美味しいとサンドウィッチマンや熊田曜子が絶賛している。仙台平野は、古くから宮城野と呼ばれる歌枕であった。また、宮城野は萩の名所として知られ、中秋の名月の頃に咲く。これらから、月を連想させる黄色い丸形の商品を、萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ満月に見立てて命名している。その他、仙台・宮城における「月」や「萩」の訴求力の強さには、以下のような背景がある。1964年(昭和39年)の東京オリンピックを境に主力商品のかりんとうの売り上げが芳しくなくなっていた三全工業(現菓匠三全)は1970年(昭和45年)、伊達騒動を描いたNHK大河ドラマ『樅ノ木は残った』の放送を機に観光客が増加していた宮城県で土産品に新規参入することを決意し、バウムクーヘンをもとに新商品「仙台銘菓 伊達絵巻」を開発した。また、同商品は「個包装の上で箱に入れる」という方式を採った。「伊達絵巻」は知名度の低さから当初、デパートでは扱ってもらえなかったが、仙台空港での販売が始まると売り上げを伸ばし、デパートや鉄道弘済会での取り扱いも始まって仙台土産としての地位を確立した。「伊達絵巻」の成功を機に同社は直営店展開も始めたが、品揃え拡充のために新商品開発にも取り掛かった。当時、洋菓子店で一番売れている商品はシュークリームであり、贈答品として人気があるのはカステラであると同社は分析し、両者を組み合わせた「萩の月」を開発。しかし、「萩の月」は保存料を使用しない生菓子だったため日持ちせず、土産品や贈答品としては不適だった。そこで、1970年代中葉に三菱瓦斯化学(現三菱ガス化学)が商品化に成功した脱酸素剤を用いて、賞味期限延長の共同研究を始めた。1978年(昭和53年)3月1日、初めて仙台空港と福岡空港を繋ぐ定期便が就航したが、これに合わせて運行会社の東亜国内航空 (TDA) (→ 日本エアシステム (JAS) に社名変更 → 日本航空 (JAL) に吸収合併)が、提供する機内菓子を探していた。それを知った菓匠三全が積極的に営業をかけたところ、同社の主力商品である「伊達絵巻」は採用されず、新製品である「萩の月」が採用された。当時は1982年(昭和57年)6月23日の東北新幹線開業前であり、一般の旅行や移動には主に在来線等が利用され、航空便はビジネスマンやVIPが利用客の中心という時代であったため、機内菓子は高級に見せる必要があった。そのため「萩の月」は、デザインされた小さな箱に個包装されて供された。三菱瓦斯化学との3年以上にわたる共同研究の結果、脱酸素剤の原料の鉄の臭いが食品に移らないよう活性炭が加えられた脱酸素剤「エージレス」が完成。酸素が入らないよう密閉したフィルムで個包装された生菓子「萩の月」は、この「エージレス」を同包することで、保存料なしでも日持ちする土産品「仙台銘菓 萩の月」へと生まれ変わった。1979年(昭和54年)9月から一般発売される際には、フィルム個包装した上にさらに機内菓子からの伝統の小さな箱で個包装して販売された。航空便利用客の間で爆発的な人気となった「萩の月」であったが、松任谷由実がラジオ番組内で「萩の月」を絶賛し、「萩の月を凍らせて(実際の発言では「凍らせてから半解凍の状態で」)食べるのが一番好き」と語ったことがきっかけで一般にブレイクしたという逸話もある。同社は、各地から来た人が集散する仙台駅・仙台空港・百貨店に店子店舗を展開し、さらに、モータリゼーション進展に合わせて主要幹線道路やインターチェンジ近くにお土産品ロードサイド店舗を展開し、「萩の月」は仙台土産として定着していった。また、お中元・お歳暮の贈答品として宮城県民が用いたことも、「萩の月」が全国に知られた銘菓となった要因と見られる。「萩の月」の知名度が上がるにつれ、日本各地で模倣品が発売されるようになり、現在は菓子の1つのジャンルになりつつある。模倣品の商品名は、萩の月へのオマージュからか、「月」が名称に含まれる例が多い。 姉妹品として同社から、チョコレートクリームを用いた萩の調(はぎのしらべ)が発売されている。萩の調は第34回モンドセレクション特別金賞受賞。なお、東日本大震災後に販売中止。宮城県出身である武梨えり原作の人気アニメ『かんなぎ』のロケ地と推定され、「聖地巡礼」と称してファンが多く訪れた鼻節神社を擁する七ヶ浜町が、2009年(平成21年)夏に『かんなぎ』関連イベントを開催し、「萩の月」と「萩の調」の包装に同アニメのヒロインである"ナギ"を印刷して各々「ナギの月」と「ナギの調」と命名し、景品として配った。テレビコマーシャルには、宝塚歌劇団に所属のタカラジェンヌが出演している。代々宮城県出身の男役が起用されてきたが、海隼人の後は礼真琴(東京都江戸川区出身)が起用された。ただし、宮城県出身で、月組の男役トップスターだった涼風真世(石巻市出身)は、まさに「月」組であったにも関わらず未だ出演していない。なお、CMソングは大和田りつこ「お菓子は夢のパスポート」(日本コロムビア 1998年02月21日発売)が使われた時期があるが、2008年(平成20年)からは浜田真理子が起用されている。2014年10月から、熊谷和徳と岩田華怜(AKB48)を起用したCMが放送開始。

出典:wikipedia

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