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徳山村 (岐阜県)

徳山村(とくやまむら)は、岐阜県揖斐郡の揖斐川上流にあった村である。徳山ダム建設のため、村民は1984年(昭和59年)に離村を開始。1987年(昭和62年)に藤橋村(現・揖斐川町)に編入合併して廃止された。編入後も残っていた村民も2001年(平成13年)までに離村した。徳山ダムは2008年(平成20年)5月に完成し、門入集落を除く徳山村の可住区域はダム湖(徳山湖)に水没した(詳細は徳山ダム#消えた徳山村を参照)。NHK総合『発見ふるさとの宝』、NHK総合・BS2『ゆるナビ』で紹介された。ダム建設中の徳山村を舞台に映画『ふるさと』も制作された。村の99.3%が森林であり、徳山(本郷)・下開田(しもかいでん)・上開田(かみかいでん)・山手(やまて)・櫨原(はぜはら)・塚・戸入(とにゅう)・門入(かどにゅう)の8つの集落からなっていた。揖斐川本流(東谷)沿いの集落のうち、山手、櫨原、塚の3部落を「東谷部落」、支流(西谷)沿いの2部落を「西谷部落」と称した。また、門入上流の入谷に「入谷村」と呼ばれる村(集落)が存在した。入谷村に存在した長慶寺(福井市西木田に移転)の過去帳では、1738年(元文3年)から1826年(文政9年)の記録が残されているが、明治維新前には廃村となっている。このほか、揖斐川支流・扇谷上流の狂小屋(きちがいごや)、作六ツシ(さくむつし)に、出作り小屋(季節限定の作業小屋)が建てられていた。徳山ダム竣工後、各集落付近の高台に「望郷広場」が設けられ、集落の略史や家並図を記した巨大な石碑や、徳山神社に合祀された神社跡碑が設置されている。1960年(昭和35年)の2,294人(482世帯)をピークにその後は減少に転じた。廃村直前の1986年(昭和61年)10月1日時点では、153人(109世帯)まで減少している。徳山村(及び合併後の藤橋村)では、徳山ダム建設に伴う水没地域の埋蔵文化財発掘調査が行われ、山手地区に存在した寺屋敷遺跡(現・揖斐川町山手、発掘当時は藤橋村大字山手字沢焼)から旧石器時代(2万年以上前)の石器が発見されている。このほか、縄文時代の塚奥山遺跡(旧称:宮ヶ原遺跡、現・揖斐川町塚字塚奥山)を始めとする38ヶ所の遺跡(1996年(平成8年)11月現在)が見つかっており、縄文人・弥生人が古くからこの地で生活していた事が判明している。ダムに水没する茅葺屋根の民家を後世に残すため、いくつかの民家は岐阜県内の施設に移設復元された。このほか、「徳山の山村生産用具」5,890点が国の重要有形民俗文化財に指定され、徳山民俗資料収蔵庫(揖斐川町東横山)で展示されている。

出典:wikipedia

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