『ヒポクラテスたち』は、大森一樹監督による日本映画。1980年公開。自らも医大生であった大森監督が、モラトリアムの最後の1年を通して、医大生たちの日常を生き生きと描いた青春映画。荻野愛作は洛北医科大学の最終学年6回生。医学生の最終学年は臨床実習にあてられ、6〜7人のグループに分けられる。愛作のグループには、親が医者でなんとなく医大に進学した河本、医療への情熱に燃える大島、すでに妻子のある年長者の加藤、野球少年あがりの王、紅一点の優等生みどりがいた。同じグループになった愛作ら7人は様々な不安や問題を抱えながらも、臨床実習を通じて次第に医者の卵として成長していく。後の脇役俳優となる斉藤洋介、内藤剛志の映画デビュー作品。また日活ロマンポルノを活動の場としていた古尾谷雅人にとっては初の一般作品進出となった。ロケーションは大森の母校である京都府立医科大学をはじめ、同校の橘井寮、東邦大学医学部(合格発表、図書室、解剖学実習室、手話場面、卒業記念写真などのシーン)、東京都三鷹市の井之頭病院など実在する医療機関が使用され、京都市内各地や吹田市内の東海道線高架下や沿線沿いも使用されている。大森によると「そのあとのヒポクラテスたち」という“続編”の構想もあったようだが斉藤・内藤の多忙化や、2003年3月の古尾谷の自殺により結局果たせなかった。斉藤は古尾谷の死に際し葬儀の席で、「ヒポクラテスたち」における古尾谷の出演シーンを見て、涙がとまらなかったという。「普通の女の子に戻りたい」という名言と共に芸能界を引退した伊藤蘭(元キャンディーズ)の復帰作でもあり、以後伊藤は歌手ではなく女優として活動するようになる。一部では、大手芸能事務所から独立するために、このくらいの空白期間(干されている期間)が必要だったのでは、という見方もあるようだ(1978年に引退、1980年に復帰)。大森監督は映画の中で伊藤に「蘭」というタバコを吸わせている。また、当時のひとりの医学生の目線を通して、未来の医学界を危惧したり、医療制度の疑問などを織り交ぜて描かれてあり、実際の徳州会病院の関係者が出演するなど、医療関係者にも興味深く、印象深い作品として迎えられた。医学博士でもある漫画家の手塚治虫が小児科の教授役で、また同じく医師(精神科医)である北山修や、大森が敬愛する映画監督の鈴木清順などが特別出演している。一部(デモのシーン)に8ミリムービーフイルムが素材として使われている。「人間の病気で名前が付いているものが約2万5000、その中で治療法が分かっているものが約5000。」この言葉の引用元として映画中で紹介されているのが、マイケル・クライトンの小説『緊急の場合は』。
出典:wikipedia
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