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大泉サロン

大泉サロン(おおいずみサロン)とは、竹宮惠子と萩尾望都が同居し、「24年組」と呼ばれた漫画家達が集っていたアパートを指す。所在地の東京都練馬区大泉にちなんで坂田靖子が命名したとされる。竹宮の友人の増山法恵(竹宮のプロデューサー・原作者をへて、のちに作家)が「女性版トキワ荘」のような場を作る計画を立て、増山の家の真向かいの長屋で竹宮と萩尾が生活し始めた。東京に生まれ育ち、プロのピアニストを目指していた増山は、幼いころからクラシック音楽、文学、映画、そして漫画にも親しんでおり、少女漫画・少女漫画家が低く扱われることを不満に思っていた。増山は芸術として高いレベルの少女漫画を目指し、竹宮、萩尾にヘルマン・ヘッセの小説や映画、音楽など様々なものを紹介した。のちに二人の作品のテーマになる「少年愛」も、もともとは増山の趣味で、こういった作品を描いてほしくて二人に教えたと述べており、竹宮も増山からいろいろ聞いているうちに少年同士の世界「耽美」を認識するようになったと述べている。そこに次第に、山岸凉子(昭和22年生まれ)、山田ミネコ(昭和24年生まれ)、ささやななえこ(昭和25年生まれ)、伊東愛子(昭和27年生まれ)、佐藤史生(昭和27年生まれ)、奈知未佐子(昭和26年生まれ)、金沢の少女同人サークル「ラブリ」の、坂田靖子(昭和28年生まれ)、花郁悠紀子(昭和29年生まれ)、波津彬子(昭和34年生まれ)など、昭和24年前後に生まれた若き女性漫画家達が集まり、漫画を描いたりアシスタントをしたり語りあったりしては帰宅する生活を送るようになった。彼女らの多くはその後の少女漫画界を担う人材として成長していった。「サロン」は、1970年から1973年頃までが主要な活動期間で、肉筆回覧誌『魔法使い』の作成や、互いの作品制作への協力、少女漫画の今後のあり方に関する議論などの交流が日夜されていたと竹宮は語っている。特に大規模なのは、竹宮、増山、萩尾、山岸の4名での45日間のヨーロッパ旅行で、ハバロスク、モスクワ周りで行き、竹宮はじめ24年組がヨーロッパを舞台にした漫画を描く原動力になった。新潟大学准教授の石田美紀は、この旅は単なる観光旅行ではなく、表現を深めるためのもので、戦後の女性史においても画期的だと述べている。「サロン」解散後も、参画した漫画家同士はそれぞれに親密な関係を持ち続けた。

出典:wikipedia

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