LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

リョート・マチダ

リョート・マチダ(Lyoto Machida、1978年5月30日 - )は、ブラジルの男性総合格闘家。日系ブラジル人二世。バイーア州サルヴァドール出身。ブラック・ハウス所属。松濤館流空手黒帯。ブラジリアン柔術黒帯。元UFC世界ライトヘビー級王者。日本でのリングネームはLYOTO。伝統派空手のファイトスタイルを貫く異色の総合格闘家。実兄は2006年に日本空手協会の世界大会で準優勝したシンゾー・マチダである。父親が日本人(戦後ブラジルへ移民した日本人・町田嘉三(日本空手協会七段で松濤館流師範))で母親がユダヤ系ブラジル人(ユダヤ人とブラジル人のハーフ)のハーフ。4人兄弟の三男(1人の養子を入れると5人兄弟だが、大学卒業と同時にその養子は親元に戻る)として生まれる。全員が空手の選手という格闘ファミリーに生まれ育った。幼少時にリョートと次男のシンゾーは小児結核にかかり、1年間ずっと薬を飲むような生活をしていた。アマゾン川河口の町パラー州ベレンに空手道場を開いた父の下で4歳より稽古し、10代から相撲やブラジリアン柔術も習得、またムエタイ、レスリングの手ほどきも受けていた。空手では2度のブラジル王者、南アメリカ選手権での準優勝などの実績を持つ(父はインタビューで「LYOTOは4度ブラジル王者になっている」と発言している)ほか、様々な格闘技大会で優勝を重ねていた。アントニオ猪木の実兄がサンパウロ市に開設した空手道場の師範を父が1年ほど務めた縁から2000年に猪木にスカウトされ、アメリカの新日本プロレス道場で総合格闘技のトレーニングを積む。2003年5月2日、新日本プロレスが開催した総合格闘技大会「アルティメット・クラッシュ」でプロデビュー。謙吾と対戦し、3-0の判定勝ち。試合後、リングサイドで観戦していたアントニオ猪木から祝福を受けるとともに、拳骨で制裁を受けた。9月13日にはアントニオ猪木が主催した興行であるJungle Fight 1にてステファン・ボナーと対戦し、TKO勝ち。12月31日のINOKI BOM-BA-YE 2003ではそれまで総合格闘技無敗であったリッチ・フランクリンに打撃の連打でKO勝ちを収めた。2004年3月14日、K-1 BEAST 2004にてマイケル・マクドナルドと総合格闘技ルールで対戦し、前腕チョーク(K-1の公式記録はギロチンチョーク)で一本勝ち。続く5月22日のK-1 ROMANEXではサム・グレコと総合格闘技ルールで対戦し、2-1の判定勝ち。2005年3月26日、HERO'SでBJ・ペンと対戦し、3-0で判定勝ち。本来、自身より20kg前後も軽いBJとの異質な試合であった。2006年4月29日、Jungle Fight 6でディミトリー・ヴァンダレイと対戦し、TKO勝ち。2006年5月26日、グラップリング大会L.A.SUB-X第1回大会でハファエル・ロバト・ジュニアと対戦。1, 2Rで決着が付かなかったため2度延長ラウンドを行ないテイクダウンポイント1点を奪い、ポイント1-0で判定勝ち。2006年7月22日、ライトヘビー級転向初戦となったWFAでヴァーノン・"タイガー"・ホワイトと対戦、3-0の判定勝ち。ほどなくWFAがUFCに買収されたため、そのままUFCへ移籍することとなる。ダナ・ホワイトは「クイントン・ジャクソンとリョート・マチダを獲得するためだけにWFAを買収した」と発言している。2007年2月3日、UFC初参戦となったUFC 67でサム・ホーガーと対戦し、3-0の判定勝ち。4月21日のUFC 70で8勝無敗であったデビッド・ヒースと対戦し、3-0の判定勝ち。計量では90.3kgを計測した。9月22日のUFC 76で中村和裕と対戦し、3-0の判定勝ち。12月29日のUFC 79ではソクジュと対戦し、2Rに肩固めで一本勝ちを収めた。2008年5月24日、UFC 84でティト・オーティズと対戦し、レスラーのティトから一度もテイクダウンされず、1Rには逆にテイクダウンを奪った。3Rには膝蹴りでダウンを奪って三角絞めであわやという場面を見せるも、3-0の判定勝ちを収めた。。2009年1月31日、UFC 94で13戦無敗同士であったチアゴ・シウバと対戦し、1R終了間際にスクートからの飛び込みパウンドでKO勝ち。一度もスタンドでパンチを受けることなく試合を終えた。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。2009年5月23日、UFC 98でUFC世界ライトヘビー級王者ラシャド・エヴァンスに挑戦。総合格闘技無敗同士の対戦となったこの王座戦で2Rに左フックで失神KO勝ちを収め、王座獲得に成功すると同時に2試合連続のノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。試合後のインタビューでは「Karate is back!!(空手が復活したぜ!)」と雄叫びをあげて、自身のバックボーンである空手への誇りを言葉にした。2009年10月24日、UFC 104での初防衛戦でマウリシオ・ショーグンと対戦し、3-0の判定勝ちを収め王座初防衛に成功したものの、判定は3者とも48-47という小差であり、判定は物議を醸した。2010年5月8日、UFC 113でマウリシオ・ショーグンと再戦。右クロスカウンターを浴びてダウンし、マウントパンチで1RKO負け。UFC世界ライトヘビー級王座から陥落すると共に自身の総合格闘技連勝記録は16でストップした。2010年11月20日、UFC 123のメインイベントでクイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと対戦し、1-2の判定負けを喫した。2011年12月10日、UFC 140でジョン・ジョーンズの持つUFC世界ライトヘビー級王座に挑戦。ジョーンズに有効打を当てるものの、2Rにスタンドのギロチンチョークで絞め落とされ一本負けを喫し王座獲得に失敗した。2012年8月4日、UFC on FOX 4でライアン・ベイダーと対戦し、2Rに跳び込んできたベイダーにカウンターの右ストレートを当てて失神KO勝ち。 2013年2月23日、UFC 157でライトヘビー級ランキング1位のダン・ヘンダーソンと対戦し、2-1の判定勝ち。2013年8月3日、母国ブラジルで開催されたUFC 163でライトヘビー級ランキング7位のフィル・デイヴィスと対戦し、0-3の判定負け。接戦であったため、ブラジル人で埋め尽くされた会場からはブーイングが沸き起こった。海外のMMAメディアサイトの採点では13人中13人の記者がマチダの勝利と付けており、試合を数値・データ化した表でもマチダ有利という結果になった。UFC代表のダナ・ホワイトは「私は30-27でマチダの勝ちに付けた。でもジャッジに勝敗を委ねるとこういうことになる!」とTwitterにて発言した。試合後のマイクインタビューでは判定に対する不満を露わにした。2013年10月26日、ミドル級転向初戦となったでミドル級ランキング5位のマーク・ムニョスと対戦。左ハイキックでKO勝ち。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。2014年7月5日、UFC 175でUFC世界ミドル級王者クリス・ワイドマンと対戦し、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。2014年12月20日、でミドル級ランキング10位のCB・ダラウェイと対戦し、左ミドルキックからのパウンドで1RTKO勝ち。パフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを受賞した。2015年4月18日、UFC on FOX 15でミドル級ランキング4位のルーク・ロックホールドと対戦し、リアネイキドチョークで一本負けを喫した。2015年6月27日、でミドル級ランキング6位のヨエル・ロメロと対戦し、グラウンドの肘打ちでKO負け。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。