大阪市立図書館(おおさかしりつとしょかん)は、大阪市立の図書館。大阪市内の24区にそれぞれ1カ所ずつあり、西区に大阪市立中央図書館が、他の23区に地域図書館が設置されている。自動車文庫(移動図書館)も2台ある。資料(CD・ビデオも含む)は、ひとり15点、15日間借りられる。また、貸出した館以外での返却も可能である。館内にはオムリス(OMLIS)の専用端末があり、全館の資料の検索が出来る。電話による音声応答サービスでの貸出予約が可能。インターネット(携帯電話を含む)で資料検索や貸出予約も可能。予約はひとり15点まで可能だが、インターネットでの予約は8点までに限定されている。資料を借りるのには、「図書館カード」をつくる必要がある。図書館カードは24館それぞれで発行しており、色が違う(参照→)発行した館以外でも使用は可能であるが、インターネット貸出予約は発行した館に限られる。図書館カードなどに描かれているイメージキャラクターは、オムリン。頭がO(Osaka)、本がM(Municipal)、からだがL(Library)と、大阪市立図書館()の頭文字をデザインしている。各館にある多機能オムリスでは、新聞・雑誌記事や法律・判例情報などの商用データベースを無料で利用することができる。ただし、検索結果のプリントアウトは1枚50円である。学術書・専門書を中心とした電子書籍サービスを提供している。1921年(大正10年)に当時の4行政区に1館ずつ、阿波座(西区阿波座)・西野田(北区玉川町=現在の福島区玉川付近)・御蔵跡(南区御蔵跡町=現在の中央区日本橋付近)・清水谷(東区清水谷西之町=現在の天王寺区清水谷町付近)の4図書館が開館した。その後大阪市の市域拡張に伴って、1925年(大正14年)に旧西成郡今宮町(現・西成区花園南1丁目付近)の今宮町立図書館を市立今宮図書館として継承した。また1926年(大正15年)には東成区(現・城東区)鴫野町に城東図書館(現在の大阪市立城東図書館とは別)を新設開館した。1930年代には計6館の市立図書館が設置されていた。しかし太平洋戦争の激化に伴い、清水谷図書館は1944年(昭和19年)に建物疎開の対象となって取り壊された。清水谷図書館の蔵書は南区鰻谷東之町・旧育英商工学校校舎(現在の中央区島之内1丁目、大阪市立南中学校敷地付近)に移動させ、「大阪市立育英図書館」と改称した上で、蔵書整理が済み次第移転開館する計画だった。しかし実際の開館にはいたらないまま、大阪大空襲で建物を焼失した。また阿波座・西野田・御蔵跡・城東の市立図書館4館は1944年(昭和19年)に戦時託児所に転用されて休止となった。残った今宮図書館も1945年(昭和20年)3月13日の大阪大空襲で焼失した。これらに伴い、市立図書館の機能は停止した。終戦後の1946年(昭和21年)、南区(現・中央区難波3丁目)の大阪市立精華小学校内に「大阪市立育英図書館」として復興開館した。1950年(昭和25年)には北区桜宮公会堂内に移転し「大阪市立図書館」と改称した。1952年(昭和27年)には天王寺区・天王寺公園に大阪市立図書館本館が竣工し、従来の本館を分館扱いに変更した。その後1961年(昭和36年)には大阪市立中央図書館が設置された。これに伴い、従来の大阪市立図書館本館を中央図書館の分館扱いに変更して天王寺図書館へ、従来の大阪市立図書館分館も桜宮図書館と名称変更された。(桜宮図書館は1980年(昭和55年)廃館)。1970年代から1980年代には各行政区に順次地域図書館を整備し、1989年(平成元年)には全区に図書館が設置された。2台の「まちかど号」(中央図書館所属)が月に1度、大阪市内の巡回場所を巡回する。
出典:wikipedia
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