酢豆腐(すどうふ)は、落語の演目。ここでは、派生した「あくぬけ」、上方落語の「ちりとてちん」についても記述する。原話は、江戸時代中期の1763年(宝暦13年)に発行された『軽口太平楽』の一編である「酢豆腐」。これを、明治時代になって初代柳家小せんが落語として完成させた。8代目桂文楽が十八番にした。さらに、3代目柳家小さんの門下生だった初代柳家小はんが改作した物が、後述する「ちりとてちん」で、これは後に大阪へ「輸入」され、初代桂春団治が得意とした。この「ちりとてちん」は後にもう一度東京へ「逆輸入」され、桂文朝等が使っていたのをはじめ、現在では、柳家さん喬や柳家花緑らも演じており、東京の寄席でもなじみのある噺となっている。ある夏の昼下がり。暇な若い衆が寄り集まり暑気払いの相談をしている。が、「宵越しの銭は持たない」が身上の江戸っ子たちには金がない。困った一同、酒はどうにか都合するとしても、ツマミになる肴はないかと考える。なかには「爪楊枝」がいいというものまで出る始末。「安くって数があって誰の口にも合って、腹にたまんなくってみてくれが良くって、しかも衛生に好いとくらあ」。知恵者が「糠味噌桶の糠床の底に、古漬けがあるだろう。そいつを刻んで、かくやの香こ(糠漬けの古漬けを刻んで水に漬け塩抜きをした上、ミョウガや生姜を薬味として添えた料理)なんざあどうだい」と妙案を出す。すると桶の中に手を突っ込んで古漬けを引き上げる「決死隊」が必要だが、「冗談いっちゃあいけねえ。あれに手を突っ込んだが最後、爪の間に糠味噌がはさまって拭こうが洗おうが落ちやしねえ。女の子なんかよけて通らあ。ごめんこうむりやしょう」てなぐあいで肝心の志願者が誰も出てこない。またもや困ってしまった彼らは、たまたま通りかかった半公をおだてて古漬けを取らせようとするが、失敗。お金を巻き上げてたたき出す。そのときの会話から、昨夜豆腐を買ってあったことを兄貴分が思い出したが、せっかくの豆腐は与太郎が夏場にもかかわらずねずみいらずの中にしまったせいで、腐ってしまっていた。手遅れの豆腐を前に頭をかかえる一同。と、家の前を伊勢屋の若旦那が通りかかった。この若旦那、知ったかぶりの通人気取り、気障で嫌らしくて界隈の江戸っ子達からは嫌われ者。シャクだからこの腐った豆腐を食わせてしまおうと一計を案じる。呼び止めておだて上げて引き入れ、「舶来物の珍味なんだが、何だかわからねえ。若旦那ならご存知でしょう」と悲惨な豆腐を出す。すると若旦那は知らないとも言えないから「これは酢豆腐でげしょう」と知ったかぶる。うまいこともちあげられた末に目はぴりぴり、鼻にはツンとしながらとうとう一口。何とも言い難い表情。「若旦那、もう一口如何ですか?」「いや、酢豆腐は一口に限りやす。」旦那の誕生日に、近所に住む男が訪ねて来る。白菊、鯛の刺身、茶碗蒸し、白飯に至るまで、出された食事に嬉しがり、「初めて食べる」、「初物を食べると寿命が75日延びる」とべんちゃら(お世辞)を言い、旦那を喜ばせる男。そのうち、裏に住む竹の話になる。件の男、何でも知ったかぶりをするため、誕生日の趣向として、竹に一泡吹かせる相談を始める。そこへ、水屋で腐った豆腐が見つかり、これを「元祖 長崎名産 ちりとてちん」(または「長崎名物 ちりとてちん」)として竹に食わせるという相談がまとまる。そうとは知らずに訪れた竹が、案の定「ちりとてちん」を知っていると言うので食わせると、一口で悶え苦しむ。旦那が「どんな味や?」と聞くと、竹いわく「ちょうど豆腐の腐ったような味や・・・」。上記酢豆腐の若旦那に腐った豆腐ではなく、四角く切った石鹸をケーキだと偽って食べさせ、その事に気づいた近所の老婆が注意すると「これでアクが抜けます」と落とす『あくぬけ』というバリエーションがある。
出典:wikipedia
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