小浦 一優(こうら かずまさ、1967年12月18日 - )は、日本のお笑い芸人、振付師、ダンサー。別名、芋洗坂係長(いもあらいざかかかりちょう)、CO-RA。福岡県北九州市門司区出身。㈱えにしんぐエンターテイメント所属で、芸映と業務提携を結んでいる。。趣味は似顔絵描き、特技はタップダンス、和雑貨造り、物まね、替え歌。。高校時代からダンスチームを結成して活動していた。高校卒業後は歌番組で田原俊彦や中森明菜のバックダンサーを務めるなどダンサーとして、また自分の劇団「PROJECT TENSION」を結成するなどして活動。東京に上京してきた時の一番の仕事は、ベストテンに出演してTATTOOを歌っている中森明菜のバックダンサーであったという。六本木のショーパブで出会ったのがきっかけで、同じ福岡県出身の田口浩正と1988年にお笑いコンビ「テンション」を結成。バラエティ番組などで活動した。テンション時代のコントは、洋楽曲「ロリポップ」をモチーフにはずみをつけて漫談を繰り広げていた。その他、博多弁のラップも披露していた。1992年にはよみうりテレビの『電動くるくる大作戦』にテンションとしてレギュラー出演。この番組の出演者は、雨上がり決死隊の二人でその他出演者でFUJIWARA、バッファロー吾郎、ベイブルースがおり、テンションも含めた5組で毎週交代の持ち回りで司会を担当していた。1993年に田口は映画役者を目指し、小浦は舞台役者を目指す為にコンビの活動を休止(小浦によれば「解散ではない」とのこと。)。ソロとして舞台を中心にCMの振り付けなどにも活躍。ホリプロのお笑いユニット「携帯万能カプセル」を経て1996年には是永克也に誘われイジリー岡田や下平ヒロシ(当時は「ヒロシ」)らと共に「劇団 I-CHI-MI」の旗揚げに参加し、更に劇団メンバーでアカペラでギャグパフォーマンスを行うトリオ「GO-JAP」を結成して活動した。2004年には同劇団を発展的解消。岡田や下平らと「東京アンテナコンテナ」を立ち上げ、公演の脚本・振り付けを担当した。2011年7月、東京アンテナコンテナを第10回公演「ハイリスク High School」を最後に「卒業」。同時期に所属事務所トリガープロモーションから独立し、えにしんぐエンターテイメントを設立した。また、2015年7月からは芸映との業務提携を開始している。ピン芸人としては、上記の劇団の公演で生まれたサラリーマンキャラクターで、『R-1ぐらんぷり2008』に出場した際に名乗った“芋洗坂係長”として替え歌などを披露することが多い。日本語の歌では曲の歌い出しに合わせたオチをよく言う。エンタの神様でのキャッチフレーズは「酎笑企業の宴太ティナー」、または「踊るメタボリーマン」主なネタは、R-1ぐらんぷり2008では優勝したなだぎ武に2点差で敗れ2位となる。だが、関西地区の瞬間視聴率は19.5%で、芋洗坂係長出演時に最高瞬間視聴率を記録した。2009年3月14日、地元門司で行われた「ゆるキャラまつり in もじ」の席上、北九州市長の北橋健治から37人目となる「北九州市特命大使」(観光大使)に委嘱された。本名ではなく、「芋洗坂係長」名義である。またこれより少し前には、北九州市議会議員選挙の投票を呼び掛ける啓発CMにも「芋洗坂係長」名義で出演しており、実質的には本名よりも「芋洗坂係長」のほうが知名度が高い状況となっている。こうした状況を受けて、所属事務所の「えにしんぐエンターテイメント」には「芋洗坂係長公式オフィシャルサイト」という表記になっているほか、業務提携先の「芸映」の公式サイトの所属タレントにも「芋洗坂係長」名義で紹介されている。た。"コンビでの出演歴についてはテンション (お笑い)#出演番組を参照。"以下芋洗坂係長として出演。以下芋洗坂登郎として出演。
出典:wikipedia
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