第21回参議院議員通常選挙(だい21かいさんぎいんぎいんつうじょうせんきょ)は、2007年(平成19年)7月29日に実施された参議院議員通常選挙。郵政造反組復党問題や年金問題、相次ぐ閣僚の不祥事等が重なったことを主要因として、自由民主党の獲得議席数は37議席と第15回参議院議員通常選挙(1989年)以来の歴史的大敗を喫し、1955年結党以来初めて他党に参議院第1党の座を譲った。改選議席数の確保を目指していた公明党は神奈川県・埼玉県・愛知県の各選挙区で現職議員が落選、比例でも票が伸びず議席を減らした。一方、野党第1党の民主党は追い風を受け60議席を獲得し、参議院で第1党となった。自民・民主の二大政党の争いに埋没した共産・社民両党は苦戦し、議席を減らした。国民新党は現有議席数を維持し、新党日本は1議席を確保した。非改選議席と合計すると137議席となり、野党は参議院における安定多数を確保した。第1次安倍内閣(第90代)総務省|第21回参議院議員通常選挙結果都道府県別投票総数、有効投票数、無効投票数(選挙区)より抜粋定数の4増4減が行われた(増員区:東京都 8→10、千葉県 4→6、減員区: 栃木県 4→2、群馬県 4→2)。今回の選挙においては、12年に1回の亥年選挙であることから投票率の伸び悩みが予測されていたが、自民党政権に対する強い批判や1人区を中心に激戦区が多かった点なども反映して投票率は前回選挙より2%ほど上昇した。また期日前投票制度の普及により制度を利用した投票者数が過去最高を記録した。なお、全投票所の約3割に当たる14840箇所の投票所では投票締め切り時間が通常の午後8時より前倒しされ、午後4時から7時の間に投票が締め切られた。総務省の説明では市町村合併に伴い、過疎地の投票所から市街地にある開票所への投票箱の運搬に時間が掛かることが主な理由とされているが、締め切りの前倒しを発表したのが選挙期間中の7月20日であったことや岡山県備前市を始め2年前の総選挙では定刻通りに締め切った投票所でも前倒しが実施されたこと、締め切りを前倒しした投票所が鹿児島県(全体の92%)を筆頭に秋田県(89%)、高知県(86%)など1人区に集中していたことから、民主党は7月24日付で菅義偉総務大臣に対して「公職選挙法の規定をはるかに逸脱しており、到底容認できない」と抗議する旨を申し入れている。全国で29ある1人区の内、野党が23選挙区で勝利した。2人区は全ての選挙区で与党と野党が1議席ずつ確保した。3人区は大阪府のみ与党が2議席を確保、その他は野党が2議席を得た。東京選挙区(5人区)は自民党が1議席、公明党が1議席、民主党が2議席を獲得。1議席は無所属候補が得た。自民党は1人区など従来の保守地盤で大きく後退。東北地区の1人区及び四国全県で全敗した他、佐賀で51年振りに敗北した。尚、民主党は青森、岩手、三重等8つの1人区で前回参議院選挙に続き、勝利を収めた。岡山選挙区では、自民党の参院幹事長である片山虎之助が地元に張り付いて選挙活動を続け、平沼赳夫衆院議員(郵政造反組として自民党を離党、岡山県選出)から支持も得たものの、民主党の新人候補に約48,000票の差をつけられ落選した。各メディアは当選者の苗字に「姫」が使われていたことから「姫の虎退治」と報じた。島根選挙区では、自民党の参院副幹事長景山俊太郎が国民新党新人候補に敗北。青木幹雄自民党参議院議員会長(当時)の地元であり、2度の地元入りを行うなどの支援を行った(3年前の自身の選挙では一度も地元入りせず)が18年ぶりに同選挙区での議席を失った。2005年の郵政解散に伴う第44回衆議院議員総選挙にて、造反し自民党を離党し落選した衛藤晟一(自民党)・藤井孝男(無所属)・川上義博(民主党)・自見庄三郎(国民新党)が当選を果たした。藤井孝男は選挙後に自民党に復党した。北海道、宮城県、福島県、茨城県、新潟県、長野県、岐阜県、静岡県、京都府、兵庫県、広島県、福岡県(以上2人区)比例区では、民主党が20、自民党が14、公明党が7、共産党が3、社民党が2、新党日本が1、国民新党が1の議席を獲得した。自民党は、参院政審会長舛添要一がトップ当選、元内閣官房参与の中山恭子、丸山弁護士こと丸山和也、前教育再生会議委員でヤンキー先生こと義家弘介らが当選。一方、業界団体擁立候補については、農協推薦の山田俊男ら5人の当選に留まった。公明党は1議席減の7議席となった。民主党は、自治労出身の相原久美子が50万票を集めトップ当選、労働組合関係者や元衆議院議員からの鞍替え組を中心に20議席を獲得、プロゴルファー・横峯さくらの父である横峯良郎も民主党から当選した。共産党は1議席減の3議席、社民党は党幹事長の又市征治ら前回選挙と同様2議席に留まった。国民新党は1議席、新党日本も1議席を得た。結果として、比例区では野党が6議席リードした。 当初は7月5日公示、7月22日投開票という予定だった。これは、公職選挙法32条2項で参議院議員通常選挙は「参議院開会中又は参議院閉会の日から23日以内にかかる場合においては、通常選挙は、参議院閉会の日から24日以後30日以内に行う」と規定されており、第166回国会の会期末である6月23日から設定された日程であるためである。しかし、「年金時効撤廃法」「公務員改革法」などを会期中に成立させたいという安倍晋三首相の意向により、政府与党内で会期を(選挙日程の延期が発生しない)5日間から1〜2週間程度延長することが検討された。最終的に12日の会期延長が政府与党内で決定され、6月22日に衆議院本会議で12日間の会期延長が可決された。これにより、公示日と投開票日はそれぞれ1週間遅れ、7月12日公示、同29日投票という日程で、6月26日に閣議決定された。7月22日投開票という予定で投開票所確保や人員確保を進めてきた全国各地域の市町村選挙管理委員会は対応に追われた。全国でそれ以前からこの28日からの週末に予定されていた夏祭りや花火大会と選挙日がぶつかり、夏祭りの日程を急遽変更するといった事例が多数報告された。7月28日に実施された隅田川花火大会では、29日が予備日(28日荒天時の順延日)となっていたが、選挙の日程変更により警備上などの理由から予備日が設けられないこととなった(本年や同日が投票日であった2001年には、選挙前日に大勢の人出が見込まれる格好の舞台ということもあり、この周辺にて選挙活動を行った候補者もおり、一時混乱に陥った)。また、群馬県では22日に県知事選挙を実施するため2週連続選挙が実施され、これに関して立候補予定者などより遊説などのスケジュールの混乱が出るとして、批判があった。また、佐賀県では28日から高校総体が開催されるため、投票所に予定していた一部会場が使えなくなるというトラブルもあった。会期延長・選挙遅滞に抗議して引退を決めた議員も現れた。幹事長の中川秀直と参議院議員会長の青木幹雄が引責辞任。安倍晋三は続投を表明した。8月1日、金銭処理疑惑で批判を浴びた赤城徳彦を農水大臣から更迭、8月27日に内閣改造を行う。9月10日には臨時国会で所信表明したものの、9月12日に内閣総辞職を表明した。選挙での大勝を受け、8月31日に新しい党役員人事を発表。小沢一郎代表、菅直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長のトロイカ体制を維持した上、参議院側からの役員登用を大幅に増やして参議院重視のスタンスを明確化した。この選挙の結果、民主党が単独過半数に迫る参議院第1党の議席を獲得し、参議院議長は江田五月が、議院運営委員長は西岡武夫が同党から選出されることとなった。慣例に従い、第1党から議長、第2党から副議長を選出与党の自民党・公明党の議席数を併せても過半数はおろか民主党の議席にも及ばず、与党は参議院の過半数を獲得できない状況での政権運営を強いられることとなった。参院選を受けて自民党内で安倍首相退陣の動き(安倍おろし)が起こり、安倍は続投を宣言したものの、9月12日に退陣を表明した。9月25日、両院で首相指名が行われ、参議院では小沢一郎民主党代表が指名された。衆議院では福田康夫自由民主党総裁が指名され、憲法の規定により衆議院の指名が国会の指名となり、26日、福田康夫内閣が発足した。参議院議長・議院運営委員長などの参議院主要ポストを野党が担当したことで、与党側は、衆議院において多数を得ている状況にあっても、参議院を中心とした議会運営の主導権を野党に握られることとなった(ねじれ国会)。
出典:wikipedia
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