ピーター・マイケル・モイラン(Peter Michael Moylan, 1978年12月2日 - )は、オーストラリア連邦・西オーストラリア州パース出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLB・カンザスシティ・ロイヤルズに所属。にミネソタ・ツインズと契約し渡米した。しかし、マイナーリーグで1番下のクラスであるルーキーリーグで2年間プレイするも、球速が80mph台後半(約140.8km/h前後)を超えることがほとんどなく、また精神的な問題もあったため、上のクラスに昇格することなくのシーズン終了後に退団して母国オーストラリアへ戻る。母国では医薬品のセールスマンとして勤め、野球は週末に地元クラブチームの試合に出場する程度に続けていた。映画『オールド・ルーキー』(原題:")のDVDを繰り返し観て「これが俺だったらいいのに」と思うなど、メジャーリーグに未練を残していた。その後2度にわたる背中の手術を受けたため、投球フォームをサイドスローに変えてみたところ、球速が90mph(約144.8km/h)を大きく超えるようになり、さらにこれまでにないくらい球が動くようになった。8月にスカウトがスピードガンで測定したときには94mph(約151.3km/h)を記録し、モイラン本人も「誰かがイタズラを仕掛けたのかと思った」と驚くほどであった。3月に、この年から開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のオーストラリア代表に選出された。この大会では、3月9日に行われた1次リーグ第2戦のベネズエラ戦に登板した。1.2回を投げ与四球5と制球に苦しむも、ボビー・アブレイユやマグリオ・オルドニェスなどメジャーリーグのスター選手たちから4つの三振を奪う。オーストラリアはこの試合に0-2で敗れて2次リーグ進出を逃し、モイランの登板はこの1試合だけに終わる。WBCでのモイランの投球はメジャーリーグのスカウトの目を引き、大会直後にアトランタ・ブレーブスと契約を結ぶことになった。代表チームのある投手コーチがブレーブスとの間に人脈を持っていたという。4月12日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で、メジャーデビューを果たし、史上23人目のオーストラリア出身メジャーリーガーとなる。この年はマイナーAAA級リッチモンド・ブレーブスへの降格とメジャーへの昇格とを繰り返し、昇格が計4回という忙しいシーズンとなった。も開幕はAAA級リッチモンドで迎えたが、4月18日にメジャーへ昇格。この年はマイク・ゴンザレスの故障やボブ・ウィックマンの解雇などで救援陣が手薄になっていたこともあり、チーム最多の80試合に登板。うち20試合で投球回が1イニングを超えたものの、防御率1.80を記録した。監督のボビー・コックスは「5回や6回のピンチで登板させてもよし、8回に投げさせてもよし。最終回に出しても心配いらないだろう。彼のような男がチームにいてくれて嬉しいよ。センセーショナルなシーズンだったね」と賞賛している。は、4月11日のワシントン・ナショナルズ戦に登板した翌朝、起床したとき肘に痛みを感じていることに気付く。そのまま故障者リスト入りとなり、5月にトミー・ジョン手術を受けてシーズンを終えることとなった。4月8日、シーズン開幕から3試合目のフィリーズ戦に登板し1年ぶりに復帰。一時は「シーズン開幕時点での復帰は難しいのでは」ともみられていたほどの故障から回復したばかりであるにもかかわらず、この年は全162試合の半分以上かつ球団新記録の87試合に登板し、被本塁打0の25ホールド・防御率2.84と好投した。も、モイランは2年連続チーム最多となる85試合に登板。斎藤隆やジョニー・ベンタースらとともに、抑えのビリー・ワグナーへと繋ぐ中継ぎとして活躍し、リーグ屈指の救援陣を支えた。コックスが監督業からの勇退を表明していたこの年、ブレーブスは91勝71敗でワイルドカードを獲得し、5年ぶりのポストシーズン進出を果たしている。は故障続きで13試合の登板に終わった。9月末に右肩の手術を受け、最低6ヶ月のリハビリを要すると診断された。は1年100万ドルのマイナー契約で残留。リハビリ登板を経て、9月1日にメジャー復帰を果たした。1月16日に、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。5月31日にメジャーに昇格し、10試合に登板後、6月29日に再びAAA級アルバカーキへ降格する。9月1日にロースターが拡大するのに伴って、再び昇格する。最終的に14試合に登板するも、防御率6.46に終わった。10月22日にDFAとなる。2013年11月23日、ヒューストン・アストロズとマイナー契約を結んだ。3月26日に自由契約となった。3月11日にブレーブスとマイナー契約を結び、8月16日にメジャー契約を結んだ。11月2日にFAとなった。1月27日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。5月12日にクリス・ヤング、クリス・メドレン両投手の故障者リスト入りに伴い、スコット・アレクサンダーとともにメジャー昇格した。この年は6シーズンぶりの高水準となる50試合に登板し、防御率3.43・2勝無敗という成績を残して一定の復活を遂げた。サイドスローからの最速152.9km/h、平均球速145km/hのシンカー、平均126km/hのスライダー、平均132km/hのチェンジアップの3球種を持ち球とするリリーフ投手である。いわゆるストレート(フォーシーム)は、サイドハンド転向後は投げていない。
出典:wikipedia
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