承子女王(つぐこじょおう、1986年(昭和61年)3月8日 - )は、日本の皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の第一女子。妹に千家典子、絢子女王がいる。身位は女王。皇室典範における敬称は殿下。お印は萩(はぎ)。栄典は宝冠牡丹章(旧制度での勲二等宝冠章に相当)。学位は学士 (国際教養学)。祖母の崇仁親王妃百合子が総裁を務める社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院にて誕生した。松濤幼稚園に通い、学習院初等科、女子中等科、女子高等科を経て、学習院女子大学国際文化交流学部に入学する。2004年(平成16年)4月13日から犯罪心理学などを学ぶためにイギリスのエディンバラ大学へ留学した。エディンバラ大学留学前からホームステイしながら語学研修を行っていた。エディンバラ大学の勧めもあり、2005年(平成17年)3月に学習院女子大学を退学して、エディンバラ大学人文科学・社会学部に本科生として入学。2006年(平成18年)3月8日に成年を迎え、今上天皇から宝冠牡丹章を賜った。以後、成年皇族として宮中行事や祭祀に出席している。2006年(平成18年)、ルクセンブルクのアンリ大公とマリア・テレサ大公妃の銀婚式の記念に対しての祝辞で、承子女王が皇族の代表をした。2008年(平成20年)7月1日にエディンバラ大学を中退して、イギリスから日本に帰国した。2008年(平成20年)、米経済誌「フォーブス」が特集した「20人の最もアツい若い王族たち(The 20 Hottest Young Royals)」の15番目に承子女王が選ばれた。これは、若い未婚の王族の中から「王室の所有財産だけでなく、国際的なインターネットやメディアでの影響力」も視野に入れたランキングであった。2008年(平成20年)9月21日に早稲田大学国際教養学部に編入学ではなく、1年生として入学した。成年皇族としての公務及び公的活動としては、2011年(平成23年)5月、母 久子とともに東日本大震災で被災した宮城県亘理郡亘理町を訪問し、海上保安庁第二管区海上保安本部を訪れ視察した後、母久子が名誉総裁を務める公益社団法人日本水難救済会の地方組織 宮城県水難救済会を訪れ、死没者への献花を行う他、同会所属救難所員への見舞いの言葉をかけるなどの活動を行っている。また、8月には西武百貨店池袋本店で行われた第26回東京都障害者総合美術展に母・憲仁親王妃久子とともに臨席し、表彰受彰者とともに写真撮影に臨むなどの活動を行っている。2013年(平成25年)3月26日、早稲田大国際教養学部を27歳で卒業した。宮内庁の3月4日の発表では「進路についていろいろお考えになっておられる。」とされていたが、3月15日の発表で、公益財団法人日本ユニセフ協会の常勤の嘱託職員に決まったことが明らかにされ、4月から勤務する。2012年(平成24年)は、日本とスリランカが両国の国交樹立60周年を迎える年にあたり、翌年2013年(平成25年)8月、マヒンダ・ラージャパクサ・スリランカ大統領(当時)の招待により、スリランカを訪問した。また、承子女王は・大統領夫人(当時)に温かく歓迎された。
出典:wikipedia
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